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33、異なる景色


センサリーアウェアネスを日本語にすると、『感覚の気づき』とでもなるのだろうか。
外国語のワーク名は、音にするだけで違った扉が開くようでワクワクする。

話は前後するが、伊豆半島の入り口でのワークショップで、特に印象に残っているのは、半日戸外で行ったセッションだった。
春の日差しの中、みんなそれぞれのペースで、小道を下り、上り、アーチのような木々をくぐり、かすかな草いきれのする野原にやってきた。
緩やかな下りの向こうには穏やかな海が広がっていた。

そこで2人1組になり、たしか10分ぐらいづつ、1人が目をつむったまま過ごし、もう一人が危険なことがないように見守りサポートした。
裸足になって歩いたり、手探りで木に登ったり、草の上に寝転んだり、土の匂いを吸い込んだり、手探りで緑のブーケを作ったり、イビキをかいて寝てしまう人も。
そのあと、全員でどんなことを感じたのかシェアした。

私は、はじめは不自由な感じで、仕事や学校のことが気がかりで落ち着かなかったが、そのうち小鳥のさえずりや遠くから漂う柑橘類の香りにくつろぎ、すっかりその時間を楽しんでいる自分に気づいた。

そのあと、会場に戻ってみんなでいただいた柑橘類の美味しかったこと。
宿泊先近くには、柑橘類畑が広がっていて、はじめておめにかかるみかんの仲間の直売所がたくさんあった。
普段なら、へー?ぐらいで雑談しながら食べてしまう柑橘類も、みんな、何か愛おしいものに出会ったことを感謝するように優しく触れ、口に運ぶ表情もとびっきりの笑顔だ。

長い人生で、記憶に残るショットや体験はいろいろある。
もちろん、息をのむほど美しかったり、いままでにない体験だからこそのことではあるが、その時、感覚は鋭敏で開いている。
感覚が開いたところには、いつでも新鮮な驚きと喜びがあるのだと思った。
そして、自分が感覚のスイッチをオンにさえすれば、いつでも出会えるのだと気づいた。

野原でのセッションを終えた帰り道、景色が違ってみえた。
朽ちた石段も、石垣の裂け目からのぞく花も、緩やかにカーブした小道の先も、逆光に黒落ちした大樹も、ただただ美しく胸に飛び込んできた。

ズボラな私が、特別なファイルで大切に保存していた写真は、私の中に存在する平和で穏やかな感覚がとらえた記録だ。
取り出すたびに、緑の香りを含んだ草の感触や遠くの潮の香り、肌に降り注ぐ日差しのやわらかさを思い出す。
そしてその感覚は、ずっとずっと昔から私の中に存在していた懐かしい記憶に重なる。


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