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49、音声訓練、基本の訓練

患者さんによって症状や程度は様々なので、状態をみながら行っていくのはもちろんだが、特にけいれん性発声障害の患者さんに共通の構造上の問題として、舌骨や喉頭の動きが悪いということがあると思う。

舌骨や喉頭周りの筋肉というと、解剖学的には、外喉頭筋という、舌骨や喉頭を引き上げたり引き下げたりして外側から動きをつけつつ支えている筋肉と、内喉頭筋という、喉頭の中にあって声帯を開いたり閉じたり、声の強さや高さを作ったりする筋肉のことだ。
これらの筋肉をバランスよく動かせるということが自由な発声につながる。加えて、連動する舌根や軟口蓋の柔軟な動きも大切だ。 

音声訓練というと発せられた声ばかりに注意が向きがちだが、その声を作っている問題の箇所まで逆にたどっていくとそこに行き着くことになる。
舌骨や喉頭周りの筋肉、舌骨や軟口蓋の動きが悪いということは、付着している筋肉の伸び縮みが自在ではない、偏りがあるということなので、治療と連動して行っていくことは大切だと思う。
喉頭周りの筋肉は、さらに遠くの筋肉ともつながっているので、全体治療も大切にしているということは、何話か前の時に書いた。

よく、力まない発声をするために溜息から始めると言うが、詰まりのひどい患者さんは、吐く息に少しでも声が混じると途端に詰まってしまう。もしくは、ガッ、ガッ、ガッと途切れ途切れにブレーキがかかった発声になってしまう。
私もそうだったので、出来ないことはあまり深追いしないで次の手を考えることにしている。
腕や上体をストレッチしながら弾みで声を出してみたり、椅子の背もたれを両腕で下に押しながら声を出してみたり、上下の歯の隙間からシーという強めの呼気を吐き、徐々に途切れ途切れから単音を出しさらに徐々に長い音に移行してみたり、時には吸気発声で音を出し所々に呼気の発声を混ぜてみたりなど、比較的うまくいきそうなものから徐々に詰まったり震えることが少なく長音が出せるように持っていくということをしている。

いろんな工夫できるようになったら、できた時の感覚を、小細工を使わずに自分の身体や喉頭周りの感覚で再現することをしていく。
この時に、最近話題のルーティンのように、きっかけとなる姿勢やイメージがあると安定した状態を作りやすくなる。
私の場合は、何話か前で少し触れたが、腰は地面に頭は上に、上下で引っ張り合う力を声に変換していくことをしている。縮こまって中心に集まって支えるのではなく、外側に向かって伸びていく力で支える感じだ。
また別の機会で詳しく触れたいと思う。

ともあれ、この長音が定着すること自体が、患者さんにとってはとてつもなく困難で最大のハードルだ。
好不調は日常的にあるが、それでもいい方向に向かっている感触がつかめたら第一段階クリアで、私の場合は、これまでが長い日々で、これ以降は、これ以前に比べたらグッと楽に声が出せるようになった。

長音を出すことにそれほどストレスがなくなってきたら、『あ』と『え』を続けて発声することをしたり、3度の音階練習で、徐々に喉頭(喉仏)を動かすことをしている。
特に音階練習では、3度の高低を一気に出すのではなく、その間の無限に存在する周波数を全部なぞっていくつもりで少しづつ高さを変えてつないでいくことをする。
3度がきつかったら半音、2度と徐々に上げていってもいい。
長音で声を出した時のように、ガ、ガ、ガとブレーキがかかる感じや、高い音に移行しづらくて押しつぶされたような音になったりするが、最初の段階で行った同じ高さの長音を安定して出せるようになった過程を思い出したりしながらやってみる。
『低』から『高』、『高』から『低』、『低』から『高』行って『低』に戻るなどを行ってみると、苦手な方向や得意な方向がわかってくる。
『高』『低』のつなぎが滑らかに移行できるようになると、普通の会話もグッと楽になる。

私の観察だが、ガ、ガ、ガとブレーキがかかったようになったり震えたりするのは、声帯筋が一定の緊張を保っていられない状態で、高低の移行がしずらいのは喉頭(喉仏)の動きが悪い状態で、どちらもそれを補うために周辺の筋肉が頑張るので、それが全体としてきつく締まるという方向の力になるのではないかと思っている。
なので、声帯筋の緊張を一定に保つ長音のトレーニングと、喉頭(喉仏)を動かすという基本のトレーニングで、その神経回路をしっかり定着させることが大切だと思う。
一般的には、『力まない発声』とか『楽な発声』と言って、脱力、脱力の方向が大切みたいな風潮があるが、私はむしろピシッと使う部分を自分の中で明確にしていく作業をしているような感覚だ。
もちろんガチガチに力が入った状態では、自分の状態の変化もわからない。脱力というのは、自分自身を観察できるスペースを内側に持つということだと思う。

基本のこの長音を安定させることと音階をゆっくりつないでいくという自分なりの訓練の方向性が見えたことで、私はもう完治するんじゃないかと以前の10倍ぐらい気が大きくなった記憶がある。

こうして文章にすればあっという間だが、実際 にはものすごく時間がかかっているし、揺り戻しもあったし、また自分以外の患者さんに向き合うと事情は異なってくる。

次回もさらに音声訓練に関して異なった角度から考察していきたい。



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この記事のみを表示する48、音声訓練について

48、音声訓練について

発声障害の方で、音声訓練を受けている方も多いと思う。
特にけいれん性発声障害に関しては、音声訓練での改善は難しいというのが医療関係者の認識であると聞くがどうだろうか。

私自身は、症状のひどい1998年頃まで多くの音声外来の門を叩いた。当時はどこへいっても特に声を出しにくいことにつながる異常は見当たらないということだったが、2000年以降にWebなどでけいれん性発声障害のことを知るに至り、当時の自分の症状に酷似していると感じた。
症状はかなり治まったが、時々突発的に症状が出る不安を抱えながら仕事をし、自分に合っていると思われる治療や音声訓練を受けながら今日に至っている。
2013年に一色先生に診ていただいた時には、けいれん性発声障害と思われる所見はないということだった。その頃には、一般的な会話では聞いているぶんには症状は出ていないように聞こえるが、私自身は細かい詰まりや小さな震え的なブレという違和感があることを感じ、時折その違和感は、主に仕事場(ナレーション)の始まりの部分で数分間大きく出ることがあった。
2016年の今現在は、普段はほとんど忘れているぐらい症状は出ていない。
ただ、寝る前に、スマホのSiriに向かって『7時半に起こして』という時とボイストレーニングのはじめの一声では、お約束のように必ず震えが出る。
仕事(ナレーション)の時は最初の数分間、あと一歩で震えがガーっと出そうなエッジに立っているような感覚の時もある。数分するとその感覚はなくなり、パフォーマンスは以前より向上していると感じている。

頻繁に音声外来で診てもらった頃は、まだけいれん性発声障害という病が一般的ではなく、そういう診断も受けてはおらず、結局は病名はわからないのだが、私自身のこの二十数年の観察では、初期はけいれん性発声障害に近いもので、中期以降からその症状が出ることによって体験した恐怖や嫌な体験から症状が引き起こされるようになった機能的な発声障害に徐々に移行していったのではないかと分析している。

前置きが長くなったが、そういう変遷を経てきた私の発声障害にとっては、音声訓練はものすごく役に立った。
いろいろな治療法を受けてきたので、音声訓練そのものというよりも相乗的な効果があったと感じているが、特に音声訓練に関しては、何人かの先生からトレーニングを受けてきた。
日常ではそれほど強く症状が出なくなっていた頃、ある先生についていろいろな声の出し方をトレーニングしている最中に、声が詰まる震えるという上手くコントロールできない時と同じ感覚が、突然、ガッと再現された時があった。
その発声の時に喉頭でどういうことが起こっているのか先生が説明してくれたことにすごく納得がいって、音声訓練で再現されたこの感覚をトレーニングによって根気強くつぶしていけば、普通の会話や仕事の発声にも反映できるんじゃないかとひらめき、私に必要な音声訓練だと思って続けた。
その結果、震えや詰まりが出そうな感覚はぐっと減り、症状が出ても消失するまでの時間も短くなったと自覚している。
ここ5,6年の症状に効果的だったので、もしかしたら症状がひどい時にはコントロールできているのかどうか自覚できなかったかもしれない。
もっとも、症状がひどい時は思うように声を出せない自分に向き合うことが怖くて、呼吸法を中心にしたボイストレーニングでお茶を濁していた。
勇気を持って、ガッツリ声を出すことをしていたら、また何か発見できていたかもしれない。もしくは辛い現実にもっと傷つき、音声訓練は二度とごめんだと思ったか…。

患者さんもいろいろで、けいれん性発声障害自体、鑑別診断が難しいと聞く。
音声訓練の効果はもとより症状の強さも様々だし、また時間が経つにつれ、自然に良い方向に向かって変化している患者さんも存在する。
私が診たり話したりした患者さんでは、時折アトランダムに詰まりが出るだけのけいれん性発声障害の患者さんや、数年かけて自分で感じる違和感はあるものの外から聞いてもわからないぐらいに軽減した方も、また音声訓練に関しては、できないことが多すぎて、音声訓練では変化は期待できないと感じたという患者さんもいる。

もしかしたら、今けいれん性発声障害と診断されている患者さんでも、鑑別に難しい方や違う由来の患者さんも混在していて、そこらへんが病理学的にはっきりしてくると、音声訓練でも、有効な患者さんとあまり効果がない患者さんがわかるのかもしれない。
とりあえず、次回から、今の段階で、どういうところに注目して、どんな音声訓練をしているのか、私の場合を具体的にまとめていきたい。




この記事のみを表示する47、安心の結界

47、安心の結界

本来あるべき方向のエネルギーの流れが逆になったり、容量オーバーになったり逆にストップしたりということが起こって、身体が混乱状態に陥ることがある。
パニック的な激しい症状もあれば、気づくとやることが裏目裏目に出て、あれ?なんだか変…という程度のことも。
そんな時は、筋力テストで筋力がカクっと落ちることで確認することができる。
ストレスを受けると筋力は弱くなるという原理を利用して、ならば、心理的なストレスを深掘りすることなく身体に働きかけて修正し、『だから何なのよ。私は私よ!』と蹴散らしストレスを跳ね返す身体にしたい。
というところまで来た。

そのやり方だが、お臍を中心に3箇所を軽く深呼吸しながらマッサージする。
始めは、臍と、鎖骨の下で胸骨に近いところの窪み(ツボで言うと腎経の兪府(ゆふ))左右2箇所に触れて深呼吸と軽く揺すってマッサージ。
次は、臍と、唇の上下を挟む形で上顎と下顎に触れて同時に深呼吸とマッサージ。
3箇所目は、臍と尾骨の先端に触れて深呼吸とマッサージ。
3箇所終えたら、今度は触れている左右の手を変えて、やはり3箇所で深呼吸とマッサージする。
治療の中で行う時は筋力テストで確認し、必要に応じて。一人の時は直接3箇所に触れてニュートラルな状態へリセットするつもりで行う。

え?そんなんで変化するの?おまじないの類ですか?と思われる方もいらっしゃるかもしれない。
実際に受けたり自分で使ったりしている身としては『はい。それなりに』
筋力テストは、不思議だが変化する。
そもそも、どういう生理学的変化が起こっているかはわからないが、たとえば東洋医学で言うツボや経絡も目に見えるものではないが、何千年もの時間を経て今も使われている。
ポイントとなる場所も重要なツボで、経絡も網羅していそうなので、私は、自分の周りに結界を張るようなイメージで行っている。

胸は胸骨を挟んで左右のエネルギーをつなぐ、唇挟んで上顎下顎は任脈督脈を結んで上下のエネルギーをつなぐ、尾骨は体内を突き抜けて臍と結び前後のエネルギーをつなぐ。
外側から忍び寄り私を混乱させる魔の手から遮断し、自分の周りに安全なゾーンを築き、まずはその中で、自分のエネルギーの流れをあるべき方向にめぐらすイメージだ。
もう陰陽師になりきる。みたいなカンジ。

そしてこの結界の中で、足や腰は下へ、頭は上へ伸びていき、特に上下で引き合う力で身体を支える感覚を持つようにしている。
このイメージと姿勢をプラスしたのは、何かに乗っ取られたと感じるパニック的な時は、みぞおちや腹筋はこわばって震え、肩は上がり首は縮まって肩に陥没しそうになるなど、恐怖から身を守ろうとするせいか中心に向かって縮こまるエネルギーに任せて動けなくなっている。 
その姿勢をつぶさに見ていくと、発声障害でなくても自ずと詰まったり震えたりする姿勢に重なるので、リセットする姿勢を模索したらこうなった。

AKはポピュラーな治療法なので、取り入れている先生も多いと思う。
自分で受けてよかったことにさらにこうしたらもっと自分仕様にできたということをプラスして、エクササイズ的なものを作ってきた。
このあとも、身体の使い方や発声のエクササイズ的なことなど書いていきたい。

今回は、前回の『ストレスに強い身体』からの続きで、『結界を張る』という、わたし的アプローチからするとちょっと異質のことを書いてきた。
してきたことを振り返り、どこにどう働いたんだろうと自分なりの検証をする中で、実は…
書いている途中で、
つい最近まで全然ダメだったじゃないか!
神経系の乱れを正常に戻すのなら、けいれん性発声障害なんか簡単に治るはずじゃないか!
理論が破綻している!と、かなりネガティブに毒づく私がいて、自分がやってきたことなんて結局無に帰すんだ的な、折に触れ浮上してくる定番の無価値な私という虚しい感情にヘナヘナヘナ…となったが、あ、そうだ。こんな時こそこれだ。と小休止してスイッチング解除、『結界を張る』をしてみた。
そしたらほどなくして、私がしてきたことを体験したことを正直に書けばいいんだ。ということが腹に落ちてきた。
一応ほぼ寛解している私ということで、どこかでこれでよくなりました的なわかりやすい寛解宣言を出したい。しかし決め手に欠くという気持ちもあったんだなと。
でも意図的なことではなく、私は私でありのままを書くことが大切なんだと、結局は何度となく戻ったそこへ着地したら、何だ、簡単なことじゃないかと、無価値な私という虚しい感情はすっかり消え去った。そう思い至るまでの時間わずか数秒。
そういう出来事もあったと付け加えておく。


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この記事のみを表示する46、ストレスに強い身体

46、ストレスに強い身体

前回は、身体のわけありラインというつながりを通して問題の個所を診ていきたいということを書いた。

ボスと思われる場所、つまり問題の源流を解放するということに関して、つくづく不思議だなぁと思うことがある。
ボスが巣食う場所は、たとえば全身のマッサージやストレッチですでに解放された場所だったり、また治療の途中で何となくここが怪しいと、既に偶然に触れていた場所だったりする。
しかし、偶然や勘でボスに触れるより、具体的にわけありラインを辿りボスに行きついた方が、効果は大だ。
偶然や勘の場合は、あちこちに痛みや違和感が残るが、一度つながりを確認して治療した場合は、つながりの箇所が確実に変化しているのだ。
そのライン読みに成功した時は、『よくできましたね!』と褒められているようだし、ダメだったときは『甘い!出直していらっしゃい』という声が聞こえるような気になる。
こんなことに出くわすたびに、やはり身体は何かわかってほしいこと発しているんだなぁと思う。

一方で、患者側からすれば、一方的な思い込みやバイアスがかかった見方をされ辛い思いをすることもある。
私は、発声に違和感が出た始めの頃、『あなたは自分の言葉で喋る仕事じゃないからそうなのよ』とよく言われた。
他人が書いた原稿を自分の意志とは関係なしに声にする仕事だから、自分を表現したいと思う気持ちが押さえつけられ、身体がストレスを感じて喋れなくなったのだということだ。
何か自分を抑えつけているストレスがそうさせているのではないの?
もちろん悪気はない。素直な感想で、むしろ同情の言葉だ。
しかし、そういう障害を抱えたことで、患者は既に少なからず自分を責めているのに、良かれと思って声かけるこの一言で、余計傷つくことがある。
まるで、あなた自身の生き方がだめなのよと言われたみたいで。

もちろん、そういう心当たりのある人もいるだろうし、それをさておいては、発声障害どころか元気な将来が見えないというぐらいストレスフルな状態の人もいるだろう。
しかし多くの患者にとっては、いわれのない仕打ちでしかなく、『なぜ私が?』という言葉が頭の中をグルグルしている。グルグルし疲れた末、後づけて理由は湧いてくる。それしか自分を納得させるすべがないからだ。そこに追い打ちかける言葉は、薬にはならない。

病や困難にあった時、現実を受け入れるということと過剰に内省的になるということは違うと思う。
どうせなら、自分を元気にさせてくれるものを拾って前向きに生きていきたい。


自覚する痛みや違和感がなくても、身体は正直な答えを示してくれる。
まさにストレスと関係のあることなのだが、『今日は何時に起きました?』とか『お昼、何食べました?』などと聞きながら筋力チェックをして、『で、部長とは話したんですか?』と、間に嫌いな上司の話題を挟むと、今までピシッと入っていた筋力が途端に弱まる。
筋肉は、ストレスを受けると弱くなるのだ。
種あかしをすると患者さんは驚くが、こちらも毎回驚く。
このチェックをした時ほど、身体は正直だなぁと感じることはない。

この程度のことでもグッと筋力が落ちるなら、ストレスがあると自覚して向き合う時には、どれほど大量のストレス物質が生産されているのだろうか。
思い出すだに恐ろしいことだが、幾度となく経験した何かに乗っ取られたように喋れなくなる時、もがけばもがくほど詰まったり震えがひどくなってパニックに陥っていく感覚、あの時が、まさにカクンと筋力が落ちた瞬間だったに違いない。
しかし、障害を抱えていても四六時中弱気なわけではない。気弱な時につけこまれ、二次的、三次的に深みにはまっていくことは避けたい。

ストレスというと、多くの人が、嫌な出来事やそれが元になった心理的ストレスを想像するだろう。心と身体は切り離せないが、だからと言って馬鹿正直に気持ちに向き合い、それこそストレスの元を深掘りしても、かえって収集つかなくなることもある。
ここは、筋力が示してくれる反応を元に、ストレスに強い身体にチューニングし、『だから何なのよ。私は私よ!』と蹴散らしたい。

AKには、『スイッチング』という考え方があって、神経系の乱れによって身体の正常な状態に狂いが出ることがあるとしている。東洋医学でも気の流れが逆になるという『気逆』という言葉がある。ここではおのおのの詳しい病態などは省略するが、どちらも、本来あるべき方向のエネルギーの流れが逆になったり、容量オーバーになったり逆にストップしたりということが起こって混乱することがベースにあると言っている。
エネルギーという言葉が曖昧だと感じる時は、神経回路や神経伝達物質という言葉に置き換えると、身体の中で起こっていることとしてイメージしやすくなるのではないだろうか。
その乱れがあることと正常に戻ったことを、心理的なストレスを掘り起こすことなく筋力でチェックするのだ。

ここまで書き進めて、100%患者さんの気持ちになって読み返してみた。
どんなことをするんだろう?それをすると声も詰まらなくなるのか?震えなくなるのか?と、半信半疑ながら期待をしてしまう。

私の体験してきたことを先に書いてしまうと、ひどい発作の時は、何をしてもダメだという感情だけが残っていて、実際何をしたのか覚えていない。
パニックの最中は、なすすべなくただただ起きてしまっている出来事に翻弄されている。
どんな姿勢でどんな呼吸していたかさえ覚えていない。とにかく必死で、スイッチング解除などする余裕が全くないということだ。

エクササイズ的なことと並行しながら、緊急じゃない時に解除をすることをして、仕事場に行って仕事して帰るまで、同じフラットな気持ちでいられるように努め、どんなことがきっかけでフラットが波打っていくのが観察した。
即効というわけにはいかなかったが、ずっとそのままの状態でいることはない、必ず戻ってくるという確信が持てるようになったし、事実、症状と恐怖感に襲われても、平常に戻る時間が確実に早くなった。

私の23年の病歴の中で、4年前に一度大きな発作的な症状がぶり返して、一年以上症状がぶり返すことが続いたことがあった。気持ち的には、一度大きく後退した感じだったが、事実を冷静に評価してみると、確かに仕事(ナレーションの仕事)に行くたびに症状が出て辛かったが、大体数分もすれば落ち着いて、症状が居座る時間はほんとにわずかになった。症状が消えてからは、不安や恐怖神が以前より数段軽減したと言える。

どうしても即効を期待してしまうが、太い神経回路が出来ていれば、なかなか正常な流れに定着しにくいだろうし、正常な流れになったように見えて、きっかけがあれば一気にもどることがあるのかもしれない。

私の場合は、純粋な発声障害の症状よりも、出る以前の不安感、出たらどうしよう、仕事で迷惑かけたらどうしよう、出た時を想像した時の恐怖感がモンスターのように大きくなっていた気がする。
純粋なけいれん性発声障害は心理的ストレスとは関係なく出現すると言われているし、後発の二次的な不安感や恐怖心とは、回路の種類が違うのかもしれない。
となると、けいれん性発声障害をコントロールするのは簡単ではないということになる。
しかし、ほとんどセットで存在していることを考えると、身体のつながりで一掃できる可能性もある。事実、私の場合は、不安がなければ症状もないし、症状が出なければ不安もない。
これからも患者さんの協力を借りて経過を見守っていきたい。

スイッチング解除の方法は次回に。



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45、張り巡らされているわけありルート

前回は、本治について、私が体験した治療を元に書いてみた。
ある一箇所へのアプローチで、散在する圧痛点や違和感が消失したこと。
ふと気づくと発声の違和感も軽減していたこと。
問題の局所に何かを施すのではなくても、そことつながりのある場所、そこの不具合を作っているところにさかのぼっていければ、関連のあるところが自然に消滅していく。

イメージとしては…
身体の複数の場所に散在する痛みや違和感という問題点があるとする。
問題点のいくつかは、あるもののせいで起こっている。そのあるものを『チンピラ』と名づけてみる。
さらにその『チンピラ』は、もっと大物の指令で活動を続けているとする。その指令を出すものを『ボス』と名づけてみる。
『ボス』を退治できれば『チンピラ』も一網打尽、その代償で出ていた問題も解決するということだ。
問題の局所も『チンピラ』も『ボス』も、『わけありのルート』でつながっている。
身体に戻ると、そのわけありルートは、筋肉、リンパ系や血管系という器官系のつながりであったり、さらにその器官系をまたぐ筋膜や経絡というつながりだ。

前回、私が体験したことを簡単に紹介したが、
『ある時は、横隔膜の筋力低下を是正し、下垂気味の胃をリフトすることで、肩こりの痛み、背中、腰の圧痛がなくなり大腰筋の筋力低下がなくなった』
『またある時は、頭蓋のある場所のリリースで、首の凝りがなくなり、ゆるゆるだった腸骨筋の筋力が戻り、仙骨上の違和感もなくなった』
というのを『わけありルート』に沿って説明すると、横隔膜は、酸素というエネルギー源の供給を助ける点であらゆる器官への影響が大だ。
胃に連なる食道は横隔膜を貫き、横隔膜、食道、胃は、筋膜でつながっている。
胃と背中、腰の筋肉、大腰筋も筋膜つながりで影響しあう。
また、胃のリンパの流れを促進する反射のポイントは、AKでは第6、第7胸椎の間であるとしているので、背中の凝りはこれと関連しているのかもしれない。
さらに、AKでは、大腰筋は腎臓とつながりの深い筋肉で、腎臓のリンパの流れを促進する反射ポイントは、第12胸椎と第1腰椎の間であるとしているので、腰の圧痛はこの場所と関連しているかもしれない。

ここでのボスである『横隔膜の筋力低下の是正』というポイントは、AKでは横隔膜の神経支配を促進するポイントだと第3から第5頚髄、横隔膜のリンパの流れを促進するという反射ポイントだと胸骨全体、血流を促進する反射ポイントだと頭蓋骨の頭頂部分ということになる。
ボス退治のポイントは、問診や触診、筋力テストなどで、首か胸か頭蓋骨で変化する部分を選んだんだと思う。
ここ一点で、関連する場所全てが解放されたということだ。
ボスに行き着く過程は、問題のある箇所を集約して変化させるポイントを、どんどんさかのぼっていく。
理論的思考が苦手な私はすごく苦労するが、それでもはっきり変化を見せてくれる場に立ち会うと、身体はホントにつながっているんだなぁと感動する。

『頭蓋のある場所のリリースで、首の凝りがなくなり、ゆるゆるだった腸骨筋の筋力が戻り、仙骨上の違和感もなくなった』というのは、硬膜系というラインだったのかもしれない。
脳と脊髄を包む硬膜という膜は、頭蓋、脊柱、仙骨をつなぎ、硬膜系と言われるわけありルートになる。
頭蓋骨や仙骨自体の片寄った動きがあったり、またそれをつなぐ硬膜にねじれがあると、神経や血管を圧迫されるなどして通りが悪くなり、ライン上に問題が出てくる。
つまり、頭蓋骨の歪みで腰に痛みが出ることもあるということだ。
硬膜系への働きかけは、頭蓋骨や仙骨のわずかな動きを拾うことによって行う。
このブログでは、過去にも『クラニオ・セイクラルワーク』として登場している。

またどのライン上でも、ある一箇所の緊張やこわばりは、筋膜を通じて全身どこにでも波及する可能性がある。筋肉だけではない。筋膜は、内臓や血管、神経も包みこんでつながっている。
以前ここで『ロルフィング』というボディワークを受けた時のことを書いたが、ロルフィングは、まさにこの筋膜というつながりに働きかけているものだ。

イメージとしては…
シーツの端を持ち上げると幾重ものドレープができる。
シーツ全体が筋膜で覆われているもので、掴んでいる場所が緊張やこわばり、ドレープは、筋膜のつながり上にある痛みや痺れ、違和感だ。
末端のドレープを伸ばしても、掴んでいる部分を開放しない限り、またすぐドレープができてしまう。

このような様々なつながりの末端に、喉頭の問題が位置しているとしても不思議ではない。
症状が軽減されるということは、ボスにつながるラインをストレートに辿ることができていなくても、少なくともわけありラインはかすっているということだ。
そのラインをコツコツ解いてきたことの積み重ねで、私自身は変化してきたと思っている。
だから、本治につながるわけありラインというのは大切だと思う。

いろいろな治療を受ける時は治療者まかせにしないで、どこに何をしているのか興味を持ってほしい。
患者と治療者が、同じイメージを共有できた方が効果は大きい。

次回は、ストレスとは何ものか感じてみたい。




この記事のみを表示する44、本治で整いました

44、本治で整いました

ある場所がこわばるには、それなりの理由がある。と、前回書いた。
深層筋が働かないと外側の筋肉が働かざるを得ない。
拮抗して働く筋肉の一方がこわばったままだと、一方の筋肉は伸ばされたままになる。
共同して働く筋肉のうちどれか一つがサボれば、他の筋肉がその分頑張ることになる。
筋肉だけではない。脳の一部がやられると違う部分が補おうとするというし、血管もあるルートが絶たれると違うルートができてくる。
まるで、どこぞの組織のようだが、身体はこのようにして機能していこうとする。生を紡いでいく力はほんとに偉大でよくできている。

けいれん性発声障害の攣縮も、始まりは何か理にかなった理由があるのではないかと、ほとほと戦うことに疲れた頃に思った。
普通の患者で、原因もどんな病気かもわからなかった頃は、闇雲にドクターショッピングを繰り返し、無作為に色々な治療を試みたが、身体のことを学ぶようになると、治療法には、ベースになっている考え方があることがわかってきた。
その中でも、『詰まる、震えるは悪者』ではなく『そうならざるを得ない身体の事情』という発想は、何となくホッとするカンジがあった。
戦い疲れた身には、『そんなに自分を責めなくてもいいから…』そう言ってもらえたような気がしたのかもしれない。

しかし、そういう治療法の根幹にある『身体のバランスをとる』や『治癒力を後押しする』的な考え方は、大義には同意できるが、具体的にどうなるといい状態になったのか、いまひとつよくわからない。
私にピッタリ来たのは、患者と治療者が同時に変化が共有できる評価の方法として、筋力テストを取り入れている治療法だ。
これは、あれこれ治療を受けつつ治療の勉強をしていた頃、私には効果があると感じた治療法で、結局その治療院で7年ほど修行することになった。
治療法は、AK(アプライドキネシオロジー)というもので、偶然というか縁があるというか、それよりずいぶん前に受けた『スリー イン ワン コンセプツ』という、どちらかというと心理アプローチのワークの元にもなっているものだ。
ここでも、そのワークを受けたときのことが、#23から#26あたりに出てくる。

AKは、膨大な種類の診断、治療があり、ここで概略を説明することは難しいが、特徴としては、多くの治療法が、骨格系、脊椎、筋肉系など、何か一つを身体を診る手掛かりとしているのに対し、AKは、さらに血管系、リンパ系、脳脊髄液、経絡などいくつかのチャンネルを網羅していることだ。
そして検査、評価の方法は筋力テストで、患者も変化を確認することができる。

私がその治療院を訪れたのは、発声の時の違和感は慢性期で、突発的な発作のような不安は抱えているものの、軽度の詰まりは自分で気にするほど表には現れていない時期だった。
問診で声のことは話したが、特にその症状に焦点を当てた治療をお願いしたわけではなく、主訴としては、日常生活で感じる胃の不快感であったり、ひどい肩こりと軽い腰痛だったりした記憶がある。
自分で認識のある圧痛の場所の確認と、頭蓋、脊中、骨盤周りで自分では気付かなかった違和感や圧痛のチェック、いくつかの筋肉の筋力テストを受けた。
治療が終了した時点でチェックすると、ある時は、横隔膜の筋力低下を是正し、下垂気味の胃をリフトすることで、肩こりの痛み、背中、腰の圧痛がなくなり大腰筋の筋力低下がなくなった。
またある時は、頭蓋のある場所のリリースで、首の凝りがなくなり、ゆるゆるだった腸骨筋の筋力が戻り、仙骨上の違和感もなくなった。
治療自体は、特定の場所にある変化が出るまで触れ続けたり、その場所が解放されるように、部位をわずかにある方向へひねったり角度をつけた状態で保持するだけだが、その一か所だけへのアプローチで、散在していた圧痛や不快感が芋づる式に解消されていった。
最終の筋力チェックでは、たとえば大腰筋であれば、自分で足を持ち上げた瞬間に、身体の芯からピシッと伸びて自分でしっかり保持できている感覚がある。
当然筋力テストでも、筋力もきちんと入っている。
自分の中の確信と筋力テストでの客観的な評価が相まって、治療後は自分の中に力がみなぎってくるのを感じた。
ふと気づくと、声の違和感に関してもすっかり忘れている時間が長くなっていることに気づいた。
特に喉周りに注目して特別な何かをしなくても、その人の身体の変調をつぶさにみていけば、そのつながりで発声の違和感も自然に解消できるのではないだろうか。
それまで、ずっとその部位に集中して注目し疲弊していた私にとって、『その部位の問題は、どこか(何か)の代償かもしれない』『身体のバランスをとる』や『治癒力を後押しする』という考え方は、何かホッとするものを運んできてくれた。

しかし、これですべてがいい方向へと転換したわけではない。
やはり喉頭周りへのアプローチは必要、でもそれだけでもダメなのでは、の行きつ戻りつが続いた。
特に鍼灸の世界では、問題の大もとや治癒力を高めるための全体治療を『本治』といい、問題の部位に直接働きかける治療を『表治』という。
その本治と表治を行き来した。
あまりに遠くて問題に届いていないじゃないか!小手先で何かしようとしてもダメなんだ!と独り言を言ったり、少し俯瞰で全体を見渡してみたり、その場所に近寄ってみたり…
私の場合は、どちらかで一気に変化を起こしたわけではない。『本治』と『表治』の両輪を回すことで、徐々に変化してきたと思う。そして一頃がウソのように声が出せるようになったことは事実だ。
その一方で、いつ起こるかもしれない発作的な症状への不安と、日常的にもかすかに残る違和感の芽があることもまた書き添えておくべき事実だ。

発声障害に関しては、私自身のことでもあり患者さんの気持ちも分かる分こだわりはあるが、基本的には、つながって機能する身体の一部の問題ととらえているので、本治に関しては定型のものはない。
発声障害の患者さんでも、病歴や同時に出ている他の症状を聴き、それらが軽減されるような治療をする。
過去のケガが原因で首や肩が痛む方もいらっしゃれば、噛みしめがひどく顎関節症の方、喘息の症状が出る方も、お腹を下しやすい方、ひどい冷え症の方もいらっしゃる。
発声障害以前のケガや病があれば、その後遺症があるかどうかは大切な要素になってくる。
それらを少しづつ取り除くことをする。この地味な作業が、その患者さんの治癒力を発動する力になり、結果、発声障害にもいい影響をもたらす。

表治に関しては、専門的な知識や取り組みが必要になり、喉頭の動きをつけたり、部位の筋力のバランスをとったり、神経の促通や部位の血行を促したり、音声訓練的なことも行う。
こちらも私にとっては興味深い様々な発見があった。
また別の機会にその内容を詳しく説明したい。
本治と表治は一連の治療だと思っているし、治療者は病に関して勉強するのはあたりまえなので、これからもコツコツやっていくつもりだ。

こんなことを書き連ねつつ、特にけいれん性発声障害の患者さんは、もっと劇的に変化する方法が知りたいんだろうなと思う。
私自身がそういうことを求めていろいろなところを渡り歩いたから、気持ちはよくわかる。
しかし私自身の経験から言えば、『前進したり後退したりしながら徐々に変化してきた』だ。
それでも、その時々で新鮮な発見がいくつもあった。その結果が今の自分だと思っている。課題も野望もまだあるが、そこそこ進化してきたなぁと思っている。
ならば、その発見や気づきを鼓舞することなく自分の言葉で耽耽と綴ることが、私らしくあることかなと思い、こうして続けている。
劇的な変化じゃなくてごめんなさい。それでも変わったよ!

次回は、今回触れられなかった器官系のつながりについて具体的に触れたいと思う。




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43、上咽頭の感覚

前回の終りで触れた『軟口蓋の使い方や副鼻腔炎、上咽頭炎』の関連性について思うところを書いてみたい。
軟口蓋は、口の中の上顎を喉に向けてなぞっていくと、硬い骨が途切れた柔らかいところで口蓋垂(のどちんこ)の手前部分だ。
ここは、食物を飲み込む時に、食塊が鼻に入り込まないように閉じる場所で、発声発音の時も、音の特徴に応じて閉じたり、開けたりして、鼻に抜ける音と抜けない音をつくり分けている。
開けて鼻に抜ける音は、鼻濁音の『が行』や『な行』、『ま行』、『にゃ、にゅ、にょ』『みゃ、みゅ、みょ』などの音だが、風邪で鼻が詰まった時にはこれら音が発音しにくくなる。
近年の若い人は、鼻濁音ができない人が多くなったといわれ、そのことが日本語の乱れの代名詞のように言われているが、実は、反対に適宜閉じることができず常に微妙に空きっぱなしの発音の人も多く見受けられる。全体的に鼻に抜ける音で発音が構成されていて、『開鼻声(かいびせい)』という。
鼻にかかった甘ったるい声ぐらいの印象ならまだいいが、明瞭な音が的確に作れないとなると問題で、私の力不足のせいか、開鼻声の矯正の方が鼻濁音より数倍困難に感じる。

喉頭周りや甲状腺の手術の後、一時的に飲み込みがしずらくなるなど、原因となることがある程度想定される患者さんはいらっしゃるが、必要な時はちゃんと閉じているのに、音を作るときに閉じられない方が多くいる。
その証拠に、うがいをすることやコップに水を入れてストローでブクブク泡立たせるなどのことは普通にできる。なのに、発音となると軟口蓋が閉じられないのだ。

このことが発声発音にどう影響するかというと、軟口蓋が閉じないと大きな声が出せない。特に『ハッ!!』など、声門下圧を高めて発声する音などは、顕著だ。
大声でなくても、会話の中で軟口蓋が閉じないと、その代償として喉を詰めて音を作ろうとする。
無意識のうちにこの使い方が蓄積すると、はやり喉に負担がかかるのではないだろうか。

また、自分も含め発声障害の患者さんには、副鼻腔炎や慢性的な上咽頭炎の方が多いのではとある時期から気がついた。
受診したことはなく、そう診断されてはいない患者さんでも、よく話を聞くと、後鼻漏(鼻水やねばねばした痰が喉の方へ落ちてくること)があったり、ちょっとしたことで喉と鼻の間に頻繁に痛みが出たり、その付近がいつも赤く、慢性的な炎症を起こしいるのではという患者さんが多く見受けられる。
ちょうど軟口蓋を含む部分で、声の響きや構音にも関ってくるところだ。
本来健やかでいるべきところがそうでない時、通常の響きや音を再現するために身体はどうするだろうか?
周りの連携する器官が調整して新たな方法を探し、上手くいけば代償のルートができるだろうし、負担がかかれば調子を崩すことにつながるのではないだろうか。
事実、鼻の不快感は声を出しにくくする。

私は、ずっと上咽頭の不快感に悩まされていて、ある時いつも赤い口蓋垂まわりを見ながら、あ、そういえば、声の違和感を感じる直前に起こった変化は、この真っ赤な喉と上咽頭の痛みだったと思い出した。
その後の記憶をたどると、度々痛みがぶり返し後鼻漏が出ていた。
耳鼻咽喉科に行くと、副鼻腔炎だといわれ抗生物質を処方された。
友人の紹介で受診したそのクリニックは、同じような症状の多くの同業者の友人(声の関係の仕事の方)が受診していて、多くの友人が副鼻腔炎だといわれ抗生物質を処方されていた記憶がある。

その頃は、声やのどに違和感を持った初めのころで、いつもの響きがない、喉に一枚幕が張ったカンジでクリアな音が出なくてじれったかった。
今振り返ると、上咽頭の不快感も発声に影響を与えていたのではないかと想像する。
その後は、声が出しにくいということと上咽頭の状態が関連性があるという発想はなかったので、別々にケアしてきたが、ここ数年でいろんな患者さんを診るにつけ、あ、私もそうだったと思い出した。

その後のことに少し触れると、上咽頭の痛み、不快感は、特に桜のシーズンに集中し、その時期には必ずクリニックに通うことになった。レントゲンで副鼻腔炎はないと言われてからも痛みや後鼻漏はなくならず、年によっては数か月抗生物質を飲んだり、アレルギーの薬を処方されたり(検査でも高レベルではないがアレルギー反応が出た)した。
ある年から、あまりによくならないので、抗生物質を長期間飲むよりはと、漢方の専門医と相談し、漢方薬を飲むことにした。
そうこうしているうちに、やはり同じような症状で悩んでいる患者さんから、『Bスポット療法』という治療法のことをきいて受けてみた。
塩化亜鉛を薄めた溶液を上咽頭の炎症部分に塗布する治療法で、50年も前に流行った治療法で、今取り入れているドクターはごくわずかだという。
ものすごく痛くて、受ける時は、エイッ!と覚悟が必要だったが、私の場合はよく効いた。
ひどい時は何をしても痛みが取れず、数か月不快な時を過ごしたこともあったが、この治療を受けると痛みはすぐにひいたし、上咽頭の痰も張りつかずに落ちてきて、不快感に悩まされる期間は格段に少なくなった。
二か所のクリニックでこの治療法を体験し、ドクターの話を総合すると、塩化亜鉛は特に殺菌作用があるわけではないが、粘膜を引き締め、強くする効果があるのではということだった。
私の場合は、もう副鼻腔炎はないが、上咽頭の、痛いと感じたり、粘膜が傷つきやすく痰が張りつきやすい部分があって、そこの浸出液に菌やウィルスがつくのではないかということだった。
直接、菌やウィルスを叩くことよりも、塩化亜鉛を塗布し粘膜を強くすることによって、菌やウィルスを排除していたのだ。

話が長くなってしまったが、上咽頭の不快感と発声障害の関係については、この療法を受けたのが割と最近で、すでにひどい発声障害からは解放されてからなので、断言はできないが、不快感がなくなって響きが戻ると、声を出す時のストレスが軽減されるというのは確かにある。
だからと言って、即、上咽頭の不快感から発声障害に結びつくという考えは安易すぎるが、これからも注視していきたい。
関連するような体験をお持ちの方は、是非教えてほしい。

患者さんによっていろんなケースがあるので、あれもこれもと関連性を疑って神経質になるのもストレスだが、代替医療、特に悪いものを直接叩くのではなく、本来あるべき姿に戻して治癒力を回復させるという治療法は、上手くいく時は、関連した問題が芋づる式に解決する。
発声障害と前後して、ずっと気になっていたけれどとりあえずと棚上げにしてきたことがあったら、一度見直してみてはどうだろうか。
関係があるようであればめっけもの。直接関係なかったとしても、何か気になっていたことが改善されれば、生活の質もグッと上がる。

次回は、もう少し筋肉や筋膜のつながりという観点から治療法を説明してみたい。



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42、治療について

私も20年以上不自由な状態を抱えて生きてきた。
時折、何でもなかったようにいい状態が訪れ、同じようにそれは幻だったかのようにまた悪い状態に戻ることは多々あれど、今まで私自身が体験した代替医療の中でも、自分にはあっていると感じたものは存在しても、残念ながらすっかり治ってしまったという特定の治療法に出会ってはいない。
短期間で一度に多くの患者さんに変化を与えられるということに関しては、やはり確立された外科的処置や投薬の方法を持っている西洋医学の分野の方が優っているのだろうと思う。
こう言うと、なんだ、自分がいる医療の世界を信じていないのかと思われるかもしれないが、決してそういうわけではない。
代替医療は、西洋医学的な病や障害の括りとは一種異なった発想の身体の診かたや、西洋医学の括りから漏れた個体差に注目することで、本来の身体の方向へ舵取りをしていく方法だと思う。
勢い、即効性には欠ける。

私の場合、20数年という歳月は気が遠くなるほど長く、しかも未だにいつ発作が出るかわからない不安と隣り合わせの日々ということに照らすと、これを果たして治したと言えるのかとついツッコミも入れたくなる。
しかし、喋れないほどひどい状態に留まり続けることはなくなっているし、仕事もできるようになった。
状態をグラフにすると、一時的に下降する時が時々あっても、全体的なカーブは治癒に向かって格段に上昇している。
もちろん、障害の程度や私という個体にもよるものだが、バランスをとって元に戻ろうとする力、いわゆる自然治癒力と自分なりにいろいろ試した治療法が相まって、いい方向に向かっているのだと思っている。
気がつくと、あれ?そう言えばここ数日声のこと忘れてた…というようないい状態が長く続くようになって、今に至っている。
それでも、悔しいけれど、『発声障害は治せる!』と豪語出来るレベルではない。
しかし、緩やかな上昇カーブを描いていけると、自分の身体と対話して信じている。
今私がしていることは、向き合う患者さんが、少しでもいい方向に向かうよう必死で糸口になるものを探すことだ。
そんな日々の積み重ねで、意外にシンプルな身体のスイッチに気づき、あっけないほど簡単に変化を起こすことができる日が訪れるかもしれないという期待も捨ててはいない。

発声障害の治療について、私は基本的に身体全体の治療と障害部位に対する治療、そして音声訓練という方法で行っている。
その器官だけではなく、身体のつながりが大切だという教育を受けてきたので、そうするのが定番になっている。
何をしてでも、とにかく少しでも楽になってもらうことを模索すると、問題の喉周りに対してだけではなく、調子を崩している箇所には自然に注目する。
先ほど触れた、どこかに意外な身体のスイッチがあるかもしれないという発想は、そういう身体のつながりという考え方の延長にあるものだと思う。

過去に事故でムチウチをしていて今でも首が痛い、頚椎ヘルニアの手術をしていて凝りがひどい、大腿骨を骨折してボルトが入っていて動きが不自由である、顎関節症で噛み締めがひどい…などなど、主訴が痙攣性発声障害でも、話を聞くといろいろ不調を抱えている方は多い。
けいれん性発声障害は、意思とは関係なしに声帯の筋肉が収縮する(内転性の場合)脳と神経の病気と言われている。
調子を崩しているところを治療しても、もともとの原因とは直接関係ないような気がするが、実際は、かなり楽になることが多い。
けいれん性発声障害の患者さんは、喉頭周りの筋肉が硬く喉頭の動きも悪く、首や肩は凝りが強い。首や肩、顎といった喉頭に近い場所だけではなく、腹筋がこわばっている患者さんも多く見受けられる。
多くは、思うように発声できないことで周辺の筋肉にこわばりが及んだのだと想像するが、そのこわばりがまた声が出しにくいという状況を作っていく。
まさに身体はつながりで機能しているということだ。
原因から遠くても、負のスパイラルは解除するに越したことはない。

筋肉の凝りやこわばりということについて、少し体験したことを書いてみたい。
凝りをほぐすとか、硬いところを緩めるなど、身体を整えるということに関してよく耳にする言葉だが、凝りやこわばりは、そうなる理由があるからそうなっている。
特定の筋肉がこわばる背景には、その筋肉自体の筋力が低下していたり、協調して働く筋肉や拮抗して働く筋肉がうまく稼働していないことがある。
たとえば、深層筋が使えないと外側の筋肉がこわばるというのは、腰痛などでよくみられる。単にこわばっている筋肉だけに注目して緩めると、逆に腰が立たなくなってしまうこともある。
深層筋が使えていない(筋力低下)という発想があって、深層筋の筋力低下を解消することをすると、外側のこわばりは自然になくなる。
どこかに故障があるということは、筋力のバランスも崩れ、特定の場所にしわ寄せが来ているということだ。
目立った故障がなくても、気づかずにいる使い方の癖が蓄積して、こわばりになっていることもある。

発声を筋力のバランスという観点から考えてみると、声帯筋が収縮するというのは、どこか使えていない筋肉の代償ではないかとも考えられる。
実際私の場合は、喉仏を上へ上げるようにして固定すると、引っかかりが少なく声が出せた。喉頭(喉仏)を引き上げる筋肉と引き下げる筋肉のバランスが崩れていて、そのことが、声帯筋の緊張に結びついていたのだと思う。
私の場合は、上へ引き上げる筋肉が上手く働けていなかったわけだ。

また、舌根が硬く動きが悪いと喉頭の動きも悪くなり、喉頭の動きが悪いまま声の高低をつけようとすると詰めた声になる。
無意識のまま使い続けていると使い方が固定され、詰まりが進んである閾値を超えると、声帯筋が不随意に収縮してしまうという神経回路ができてしまったと考えられないだろうか。
けいれん性発声障害の患者さんは、おしなべて喉頭の動きが硬い。
始めから硬かったわけではなく、声楽をやっていらっしゃる方、アナウンサーや声優、ナレーターなど、元々声に対して観察眼のある患者さんは、声を揃えて、調子を崩す前は問題なかったと言う。
以前は簡単に出来ていたことができなくなってしまうのは、単純に使い方の蓄積とは考え難いし、そこがけいれん性発声障害の治療の難しさにもつながっているのだろうが、この喉頭の動きは大切な要素だ。

発声の違和感や声の詰まりは、筋力のバランスとは少し異なるが、鼻に抜ける音と抜けない音を作る軟口蓋の使い方や、副鼻腔炎や上咽頭炎も関係しているのではないかと思っている。
引き続き、例を挙げながら考察していきたい。
いずれにしても、個体差にかかわることで、脳と神経の病気という大もとから見れば、遠いところから消去法で潰していくカンジでじれったい気もする。
しかし、考え方としては、本来あるべきバランスに戻してあげるということで、本来の機能をとりもどすということは、声のみならず、同時に周辺の不調も徐々に解消されていくということだ。(そういう理想を掲げて努力している)