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41、ネットワーク

患者さんを中心に、発声障害に関わる人が、もっと平易な言葉でお互いの考えや取り組みをやり取りできたらなぁと思う。

専門医やSTという西洋医学ベースの医療の現場では、共通言語が存在するので、診断基準から治療内容に関することまで、同業者同士での意思疎通は比較的スムーズだ。
専門の研究を持つドクターやSTの間では、学会で研究発表をしたり論文を書くということが当たり前だと聞くが、その貴重な内容を専門の方だけが共有するのではなく、患者さんをはじめ興味を持つ人が気軽に閲覧できたり、一般の人でも理解できるよう専門と一般の人の橋渡しをしてくれる人がいてくれるといいなと思う。

鍼灸や手技療法の代替医療の世界でも、HPでありがちな、当院ではこういう病を診ました、治りましただけではなく、どういう診方に基づいてどういう治療をしたのか、大切な部分を、その治療法だけの専門の言葉ではなく、一般の方にもわかる言葉で丁寧に説明してくれるところがあればいいなと思う。

そうすることで、患者さんは治療内容に対する理解が深まり、自分に適した治療法を積極的に選択できるようになる。
治療者にとっては、アプローチの違う方法は大いに刺激になり、新たな発想も湧いてくる。
また複数の組み合わせで相性のいい治療法が見つかるかもしれない。

私の友人でありアナウンサーの後輩で、以前このブログでも少しでも触れた轟美穂さんという方がいらっしゃる。
今は京都在住で、声優・ナレーターの養成所で講師として、また個人のセッションルームでも発声やスピーチなど音声表現に関わるトレーニングを続けると同時に、数年前からは、けいれん性発声障害における喉頭2型の手術で世界的権威の一色先生のもとで、音声訓練を行っている。
一色先生と一緒に仕事するきっかけになった出来事をうかがった時に、ああぁ美穂ちゃんらしいなと思うと同時に、何か、患者さんやクライアントに向き合うときの大切なエピソードがちりばめられている気がして、関係者の許可を得て紹介することにした。

京都でセッションルームを持った当初は、話し方や声の出し方のコツ、プレゼンテーションの仕方などを中心にトレーニングしていたそうだ。
そのうちに、発声や構音自体に問題を抱えて悩んでいる方も訪れるようになり、自分がやっていることで解消できることなのか、それとも医療分野の範疇なのか悩むことも出てきたという。
自分の専門分野じゃないところでクライアントを留めておくのは、何よりクライアントにとって不利益になることなので、実際の医療現場を見る必要とそういう観点からアドバイスしてくれる存在が必要だと感じていたところ、通っているクライアントの一人が一色先生を紹介してくれたのだそうだ。

見学を快諾され出かけたところ、『自分の声が嫌い』なある患者さんの診察に出くわしたそうだ。
一色先生は、性同一性障害の方の声を変える手術も行っており、そういう患者さんも多いが、その患者さんは、自分の声が嫌いなので手術で変えてほしいとと訴え、その必要はないと伝えても納得せず、度々訪れる患者さんだという。
その日、その患者さんに対応したドクターが、見学の美穂さんを指し、『この人も声の専門家だから、ちょっと話してみたら』と。
ひょんなことで、診察室の片隅でその患者さんと言葉を交わすことになった彼女は、
二言三言やり取りする中で、『存在感のあるいい声で羨ましいと思う』と話したそう。
そして、声の表現の世界では、存在感のある声を作るために、わざとアルコールでつぶしたり大声でしゃがれさせたりする人もいると話したそうだ。
じっと耳を澄まして聴いていた患者さんは、納得したのかその会話を機に訪れなくなり、この出来事は、一色先生はじめ、その時居合わせたドクターたちにとっても印象的な出来事だったらしい。
のちに一色先生からも、患者さんの頑なな表情がふっと変わったのをみてとり、自分の中には今までなかった対し方に感心し、その出来事が、轟さんにスタッフをお願いするきっかけになったとうかがった。

その話を聞いて、同じ『声』というものに関わる仕事でも、職業によって異なる認識や価値観が、患者さんにとっては意外な救いになったのではないかと思った。
自分が嫌いな声が、聞く人によっては価値あるものになり、それこそ存在感や個性に結びつくなど想像もしなかったことなのだろう。
もし、美穂さんがドクターやSTという立場での発言だったなら、存在感も個性という言葉もそれほど響かなかったのかもしれない。
声の表現者としての経験や彼女なりの『声』に対する素朴な思いが、患者さんに新鮮さを持って受け入れられたのではないかと想像する。

医学的な知識や技術はもちろん大切だが、こんなふうに、患者さんを中心に、『声』に関わる専門家が、それぞれぞれの立場から、お互いの考えや取り組みを交換できるのは理想的だと思う。
そして、ここからは少し手前味噌になるのだが、実際に声の仕事に携わっている美穂さんや私のような存在が、橋渡し役としての役割を担えたらと思う。
私は、自分の発声障害がきっかけとなり、40代から医学を学び始めた。
美穂さんは、一色先生のスタッフとして活動を始めてから、専門分野の猛勉強を始め、今、大学院で学んでいる。
お互いセカンドライフ的にこの世界に関わることになり、はじめからこの世界一筋の方に比べると費やしてきた年月は少ないが、その分、実際『声』に関わる仕事をしてきた経験は、それなりのベースを培ってくれていると思いたい。

また、痙攣性発声障害の患者さんで、STになるべく専門学校の門を叩き始めた方もいる。
以前ここでも紹介した声優のAさんだ。
私の知る患者さんの中で、彼ほどありとあらゆる試みをした患者さんをほかに知らない。
専門医の診察はもちろん、ボトックス注射も手術も、音声訓練も手技療法も、日本の痙攣性発声障害に関する所は、全て網羅したと言っても過言ではないぐらいだ。
その彼が、自分が苦しんできた体験を活かし、痙攣性発声障害の患者さんの助けになりたいと、STの資格を取ることを決意した。
彼にとってもセカンドライフとなる。
声優としての経験、痙攣性発声障害で苦しんだ日々を経て、これから学ぶ医学は、彼にどう映るのだろうか。どんな発見があるのだろうか。
そして、患者さんにどんなふうに向き合うSTになるのだろうか。
数年後、痙攣性発声障害を体験したSTが誕生すると思うとワクワクする。
治す人と患者という関係性だけでなく、もう一つの繋ぐ人という存在が、おかしな言い方だが、病そのものの周辺をいろんな意味で成熟させていく助けになればいいと思う。