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20、患者さんの気持ち

今、甲状腺腫の手術のあと二年半経って、思うように声が出なくなり治療に来ている患者さんがいらっしゃる。
そのうち元通りになると信じて待っていたが、はっと気づけば、声はしわがれ、呂律もまわらず、時々むせたりもするという。
あわてて手術した病院のリハビリを訪ねたが、ここはもっと高度な発声障害、音声障害の患者さんのためのリハビリ施設で、あなたは十分に話せていると言われたという。
しかしご本人の記憶の中の自分は、もっと普通に喋れていた。

たった二年半前のことだ。
それまでの何気ない会話、夫婦間で交わす言葉、街中で発する一言が、とてつもなく遠くへ行ってしまったと感じたという。

毎朝目覚めた瞬間、あ、そうだった。私は思うように喋れなかったんだ。と現実に引き戻されどんよりした気持ちになるという。
そのことに気付く前は、声のことなどすっかり忘れていたのに。

話したほうがいいと理屈ではわかっているのだが、声を発した途端、不自由な自分の声と現実に愕然とする。
世の中には、もっと大変な人がたくさんいる。それもわかっている。
でも自分が比べてしまうのは、元気な頃の自分だという。

なるべく、短い受け答えで済むように考えて言葉を発し、電話も、お友達とのおしゃべりも遠のいた。
喋らないでいれば、何の問題もない自分、平和な自分でいられる。

確かに呂律が回らない喋りは、初めて耳にする人には、何か事情があるのかなと感じはするが、話す内容は十分わかるし伝わる。
『聞き返されることもあるとは思うが、むしろどんどん話すことがトレーニングにもなるし、自分の気持ちも鍛えられていくのでは』
初診では、そんなことを伝えたが、治療の回を重ねるごとに、ポツリポツリと患者さんが語る心の内が、私自身が認められなかった自分の過去と重なった。
理屈ではわかっていても、受け入れて取り組むにはその人にとって必要な時間があるのだ。

やはりこのままではいけない。
そう思って治療室のドアを叩いてくれたのが最初のステップだ。
治療室で本音を語り、できない自分に向き合い、少しコツがつかめて、訓練の理屈がわかり、続けていくことが苦じゃなくなり、そして、気づくとご主人と口喧嘩していたり、散歩途中の挨拶が会話になり、外出が楽しくなっていた。
そんなプロセスをつないでいければいいのではないかと。
また、私は20年という歳月を費やしてしまったが、同じような患者さんが、治療に長い時間を費やすことなく元気になることに少しでも役立つなら嬉しい。

患者さんの個性も様々だ。
私のように、外堀から遠巻きに本丸に迫る方や、始めから戦う気満々の方も。
治療内容も、西洋医学一辺倒の方もいらっしゃれば、代替医療の方を好む方もいらっしゃる。
またスピリチュアル系に傾倒する方もいらっしゃる。

次回は、クラニオ以降、私が体験したエクササイズやボディワークについて、また私が出会った患者さんの体験で、シェアしたいと思うことを紹介していきたいと思う。



この記事のみを表示する19、遠回りでもいいから

19、遠回りでもいいから

西洋医学ではなすすべがなく閉塞的な気持ちに陥っていた私だったが、身体に働きかけることで得た気づきにより、新たな取り組みへの意欲が芽生えた。
しかし、声を出すことでバランスのとれた使い方をすることの重要さに気づきはしたが、実際にそこに向かって邁進することができなかった。
原因は、二つある。
一つは、できない自分に直面する勇気がなかったこと。
もう一つは、直接的な問題は脇に置きつつ、このまま身体のメッセージを聴き続けたいと思ったこと。

当時、思うように発声できなくなって、まずはじめに取り組んだのは、呼吸法のトレーニングだった。
調子の悪い時は、呼吸の呼気(吐く息)さえ、ガ、ガ、ガ、とブレーキがかかってうまく吐けない時があった。
そんな時は、呼吸でさえこうなんだからと、声を出すことが怖かった。
直接声を出すトレーニングは、できない自分に向き合うことであり、胸がズキズキいたんだ。
何度現場で現実を突きつけられても、こんなはずではないという気持ちが、核心部分に切り込むことをためらわせていた。
時々密かに声を出してみては、出来ない自分、何処か遠くに来てしまった自分に打ちのめされた。
まだ受け入れられなかったのだと思う。

しかし、自分の弱さにただ手をこまねいているばかりではなかった。
直接切り込むことをまだ受け入れられないのなら、自分が一番楽だと思うことからやって行けばいいじゃないか…。
そういう心境だったのだと気づいたのは、ずっと後になってからだったが、とりあえず、自分の発声障害をなんとかしようと試みたものの中で、私自身が受けていて辛くないもの、楽しいもの、興味が持てたものを試していた。

今、治療する立場になってふと気づくと、その当時遠回りしたこと、自分を受け入れられずに逃げ込んだ場所で学んだこと、体験したことが、大いに役に立っている。
そもそも、あの時代がなければ、治療する側になるということはなかったのだから。

結局、核心部分に切り込んでいったのは、発症してから20年近く経ってからだ。
あきれるほど長い時間がかかった。
しかし、私にはそれぐらいの時間が必要だったのだということかもしれない。
遠回りしたっていいじゃない?
それなりの意味があったのだから。


この記事のみを表示する18、北風と太陽

18、北風と太陽

クラニオのトレーニングコース初日の出来事は、現在、治療する側にいるきっかけを作った出来事の一つだ。
後日談をニ、三、付け加えると、この体験をきっかけに、その後数週間の間、どこにいても何をしている時でも、喉に意識を向ければ、即座にクラニオのリズムを感じることができた。

また、 環椎後頭関節(第一頚椎と後頭骨の接触面、盆の窪)の緊張を少し緩めるだけで、首が不思議な動きをしだした。
始めは、自分だけが感じるクラニオのリズムに合わせて、ほんのわずかに首が伸びたり縮んだりする動きを繰り返すだけだったが、徐々に内側から突き上げるような力が大きくなり、首の回旋運動ほどに大きくなった。
自分から動いているわけではないのだが、自然に回ってしまうのだ。

あまりに不思議な感覚に、反対側に回してみたらどうなるか試してみようと一旦止めようとしたら、ちがうちがう、そっちじゃないと言わんばかりにさらに大きな力で戻ろうとする力が働いて驚いた。
また顎関節も、下顎がわずかにリズミカルな動きを刻むという現象が起きた。
この動きが出ている時に、うなじや肩、顎関節に手を触れてみると、いつもは凝って硬い筋肉が、筋繊維の束の重なりに指が入るほどに柔らかくなっていて、筋膜がぐわーんとうねりながら伸び縮みするのを触知できた。
おかげで、その時期数週間は、人生で一番、首、肩、顎の凝りがなくなった時期になった。
外力で押したり揉んだりするのではなく、自分自身の骨の動きを反映して筋肉が動くので、深いところから緩んでいくのだ。
後に、イソップ童話の『北風と太陽』に関連付けて、自分から凝りを解放していくこの療法を
『太陽療法』と呼ぶことにした。

程なく、自分の身体だけでなく他人のリズムも拾えるようになったが、リズムが浮き上がってきたり、首が大きく回旋するという、自分の身体で感じた劇的な出来事は影を潜めた。
そのときは、まるで私の中に別人格の誰かがいて、その存在に気づいたことを歓迎してくれたと感じるような出来事だった。

私の中のもうひとりの私。
それほど深刻に分析しなくても、理屈では良かれと思って頑張ったり律してきたことが、少しづつ身体にブロックを作ることはあるのだと思った。
不思議な回旋でふにゃふにゃになった私の首が、そのことを物語っているようだった。
この後にクラニオで、アンワインディング(巻き戻し)という現象が起こるということを学んだ。
複雑にもつれた糸が、逆戻しでほぐれていくように動き出すことだ。
その時の私に起こっていたのは、まさにこれだった。

身体は、自分を知るための一番身近な存在だ。常に一緒にいるから当たり前だが。
ニュートラルな自分に入っていけるちょっとしたコツがわかって、意識を向けさえすれば、気づかなかった自分に届く。
ただ、優先順位一番の知りたいことにダイレクトにつながるとは限らず、ちょっと遠回りして違うことを見せてくれたり、ちょっと遊んでいきなさいよと誘惑の仕草を見せたりするらしい。

この記事のみを表示する17、身体からのメッセージ?

17、身体からのメッセージ

喉頭(声帯を収めている甲状軟骨がある場所)の動きをつぶさに追っていくと、二つの極で往復していることがわかった。
グーっと上の方へ押し上げられている時と、反対に下へ押し下げられている時だ。
その動きが交互に満ちては退いてを繰り返している。
確かに身におぼえのある感覚だ。
ぼんやりその動きを感じているうちに、あることがその動きに重なった。

これは、私が声を出している時の喉頭の動きだ…
グーっと上へ上がる時は、裏声だけで発声していた以前の発声の感覚。
下へ押し付けられるときは、裏声を封印し地声で発声している今の感覚だ。
二つの動きは、まるで対極を往き来することでバランスをとるように、リズムを刻んでいた。

ここから先は、そのトレーニングコースの後、少し時間をかけて私の中に落ちてきたことだ。
画一的な表現から脱して、新しい自分の表現を求めた私は、その象徴である裏声を嫌悪して封印しようとした。
前に進むということを、今を否定する発想でしか成し遂げる術を知らなかった自分。
クラニオのリズムに現れた二つの動きは、発声障害に陥る前と後の私の声の出し方を、端的示してくれたのではないかと気づいた。 

医学的に説明できるものがあれば、解決の糸口は見えるかもしれない。
しかし、悪いところは見当たらないという今の私の状況下では、この八方塞がりの状態から抜け出すための動機づけが必要だ。
そのきっかけを自分自身の身体が教えてくれた。
これは真実だと思った。
どんな権威ある人から言われた言葉よりも、自分の内側から発せられた気づきは重い。
大げさかもしれないが、私はそれまでの人生の中で、腑に落ちるということを最もリアルに感じた体験だと思った。

現実的な声の出し方に重ね合わせてみた。
喉頭が常に上の方にあり、頭や鼻の奥に響きがある状態が 、それまでの裏声の発声だ。
これが嫌で、始めの頃は、自然な話声の高さまで音を下げ、しかもほとんど地声が楽に出せる高さのみを使い、あまり圧をかけない発声の仕方をしていた。
ある時期から、音が割れるかすれるなどの変化や、膜が一枚張り付いたような感覚がでてきた。
続いて詰まる、音が脱落する、締まるというのが出てきた。
一つの単語での音の高低やワンセンテンスでの高低が滑らかに発声できず、締まったり詰まったりする現象だ。
慌てて、依然の声の出し方に戻してみようと思ったときには、その方法がわからなくなっていた。
つまり、喉頭が下がったままの発声を強いてきたせいで、上へ上げる使い方ができなくなってしまっていたのではないだろうか。
偏った使い方の背景には、心理的な縛りがあったということだ。
この偏った使い方については、その後も幾つかのワークで、やはりと思えることに気づいた。
ともあれ、自身の身体からメッセージを受け取ったことは、重要な出来事だった。
以来、迷うことがあったときは、心静かにこの時のことを思い出す。
答えは自分の中にあるということを、身をもって体験したこの出来事を。

この記事のみを表示する16、クラニオのリズム

16、クラニオのリズム

発声障害の状況に関しては、大きな変化はなかった。
前に記したように、何事もなかったかのようにいい状態が訪れることもあれば、何かに乗っ取られたように悪い状態が出てくることもあった。
ある程度辛い体験を経験したあたりから、もうこれ以上起伏のある変化はないんじゃないかという希望的観測のもとに推移を見守っていたが、ぼんやり薄く症状が出ている時間は多くなったように感じていた。

その状態とどう向き合うか。
特効薬のようなものがあって治りさえすれば、そのうち症状も辛い体験の記憶も薄れていくのだろうが、症状はあれどどこも悪いところは見当たらないというのだから始末に悪い。
治療法を模索する一方で、この状態とどう向き合うかが、この時期の課題であったと振り返る。
初めてのクラニオのセッションで感じた『自分の内側から答えを受け取って、自分で治る』
深いところから湧き起ってきたその思いが、一番正しいような気がした。

核心に触れる出来事は、まもなくやってきた。
医学的知識も手技療法の経験もない私だったが、クラニオの衝撃が忘れられず、無謀にもトレーニングコースを受けることにした。

少し詳しいクラニオの説明になるが、一般的なクラニオのセッションは、受け手は、マッサージテーブルの上に仰向けになり、プラクティショナー(施療者)は、受け手の、頭蓋骨、仙骨、足の踵に順番に触れて、リズムを捉えていく。
心拍や呼吸とも違うし、心拍や呼吸に影響されない、その人独自の潮の満ち引きのようなリズムだ。
クラニオにもいくつかの傾向があり、最近ではエネルギーワーク的要素のクラニオもあり、骨の動きにはあまりこだわらないものもあると聞くが、当時は、まずこの微細な動きを捉えることが、最初だった。

そっと触れて待つ。
さまざまなざわめきが交錯する中で、やがて小さなリズムが、暗闇の中で自ら光を発するかのように、浮かび上がってくるさまは感動的だ。
だが、はじめはなかなかそうはいかない。
とにかくわからない。
ましてや全くの初心者である私には、そのハードルは高すぎた。

二人組になって、まずリズムを体験することから始まった。
仰向けの受け手の喉頭骨の下にそっと手を差し入れ、骨の動きを感じてみる。
うまく捉えられれば、後頭骨がわずかに上方向と下方向に交互に動くリズムが感じられるはずだ。
もしくは、手のひらの中で、横へ広がると縦に伸びるというリズムだ。
しかし、私の手は何も捉えられない。
周りでは、わかった!おぉーすごい! などと感動の声が上がっている。
半ば諦めかけて、受け手に回ってみることにした。
受ける方なら得意だ。
クラニオは大好きだし、他にも数ヶ月でかなりのワークを体験していて、密かに自分を脱力の女王と呼んでいた。

相方が、私の喉頭骨の下に手を差し入れ、静かに待ち始めた。
私は、その手に頭をあずけ、自分を支える力を一段階づつ緩めていった。
しばらくして、私は、自分の顔面に内側から突き上げてくるようなかすかな圧を感じた。
その圧は、ほどなくするスーッと退いていく。
そしてまた訪れる。
特に大きな圧を感じる場所を探してみる。
目の当たり、もう少し下の方…喉だ…
その部分に意識を集中してみる。
場所を特定されて、その圧はさらに姿をはっきり現しはじめた。
まるで見つけ出してくれたことを喜んでいるかのように。

場所は、喉だ。
グーっと上の方へ圧がかかって顔の方までパンパンになった感じと、
スーッと退いて顔から喉までほっそりした感じが、交互に押し寄せてくる。
この圧がかかった時の詰まった感覚は、なにか身におぼえのある感覚だ。
そうだ!これは喉仏が上下している感覚だ。
喉仏は、声帯を容れている骨(甲状軟骨)だ。
この骨が、クラニオのリズムを刻んでいる?
一般的には、喉頭骨や仙骨、腸骨、足などがリズムを拾いやすく、そこがクラニオの入口になる。
しかし私の場合、甲状軟骨だった。
発声障害に苦しむ私がこれをみつけたのは、偶然だろうか?
しかも、初めて遭遇したリズムで。
何か私にとって大切なことが起こっている気がした。

その前にこの甲状軟骨が上下しているリズムがクラニオのリズムかどうか、確かめる必要がある。
息を止めてみた。心拍のリズムと比べてみた。
いずれの場合も、甲状軟骨が上下するリズムは、独立独歩で凛と自らを主張していた。

ようこそ。やっと気がついたね。
そう言われた気持ちだった。

私の驚きと感動をよそに、そのリズムは淡々と刻まれ、そして、私の発声障害のからくりを説明しはじめた。

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15、ボディワークの効用

イベント会場のざわめきの中、たった20分のセッションで、不思議な体験をした私は、その後いく度となくクラニオのセッションを受け、また他のボディワークで、静かに自分と向き合う時間を持つことになる。

この時の体験を期に、当時、様々なニューエイジ系のボディワークを受けた。
手法や技術は、街で看板を出すマッサージや指圧とそれほど違いはない。
しかし、焦点が当たっている部分と場のエネルギーみたいなものが違うと感じる。

身体に働きかけることを受け入れても、そこでエンドではない。
ニューエイジ系のボディワークには、身体の先の、その身体を形作っている何かについて意識を向けさせてくれるものがある。
当時は、静謐なエネルギーの中で静かに自分と向き合う時間が、一番の安らぎの時になっていた。
そんな中で、ふと、初めて受けたクラニオのセッションの中で浮かんできた母の写真の意味が、心に落ちてくることがあった。

寂しげな瞳ときつく結んだ口元、泣き出しそうな母は、自ら進んで選択したわけでもない人生を生きている母だ。
子がいるからには、もはや振り出しにはできないと決死の覚悟の母。
一方、自由奔放に自分だけの人生を生きてきた私は、家庭も子供も背負う必要がない代わりに、大切な声に支障をきたし、辛い日々を送っている。
生きた時代は違っても、最も身近な人の人生を提示しつつ、さぁ、あなたは自分の人生をどう受け止めるの?
そう、自分の深いところから問われたのだ。
答えは、それでも生きていくよ。
今はちょっと辛いけどね。

辛いけれど、自分の人生を生きている実感があるし受け入れていくと、涙で答えたのだった。

ニューエイジ系のワークには、様々なものがある。
大きく分類すると、
心理学系、ボディワーク・エクササイズ系、スピリチュアル系、アート系などだ。
詳しい内容については、私の受けたものについて、これからブログ内の別カテゴリーで紹介していきたい。

この中で、私にとって断とつピンと来たのは、ボディワーク・エクササイズ系だ。
フレンドリーでいるようで結構用心深い私は、そう簡単に心は開かない。
というか、身体置き去りであれこれ気持ちをほじくるのはどうも性に合わない。
外側の殻を自分から徐々に解いていって、あるときに、あ!そうっかぁと、心の中に、サーっと光が差し込む瞬間が大好きだ。
自分で見つけだした答えという実感、深いところから湧き出てきた真実という確信が持てる。

ニューエイジ系ボディワークという言い方をしたが、心と身体は一つで、身体に働きかけているその先には心があるという気持ちで向き合うなら、鍼灸でもマッサージでも、指圧でもボディーワークと言えると思う。
私自身も、そういう治療家でありたいと思っている。

さて、これらのワークが、私自身の発声障害にとって効果があったかというと、残念ながら何かが急変することはなかった。
しかし、それまで気づかなかった自身の潜在意識が浮かび上がってきたことに、まるで新しい自分に出会うようにワクワクしたことは確かだ。
時にせつなかったり悲しかったりしたが、どれも懐かしい感覚を伴う自分だった。
発声障害の私を含めて、まるごと自分を受け入れようとした時期で、私にとっては大切な時間だったと振り返る。

そして、クラニオのトレーニングコースで、さらに身体からの大切なメッセージを受け取った。

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14、記憶の中の映像


真っ暗闇の中の白い羽と重なりながら、私の身体は落ちていった。
頭の芯が引力に引きつけられるように落ちていく。
落ちていくほどに白い羽のイメージは希薄になり、その姿を留めようと追うほどに、また落ちていく。
永遠に続くのかと思った頃、落ちているのかとどまっているのかわからない感覚がめぐってきた。
白い羽は消え果て、自分の身体をイメージするものは何も見えず、まるで自分の身体自体が闇と同化してしまっているような感覚。
恐怖心はない。
不思議な感覚を味わっている一方で、今クラニオのセッションを受けているという意識はしっかりあるのだから。

次に起こることを待つともなくその感覚に身を委ねていると、暗闇の中から一枚のモノクロの写真が浮かび上がってきた。
ノースリーブのワンピースからのぞく細い肩。
パーマをかけたウェーブが肩先で揺れている。
微笑もうとはしているのだけれど、寂しげな瞳ときつく結んだ口元。
今にも泣き出しそうに見える女の人…
母だ!
唐突にそんな思いが突き上げてきた。
しかも、これは今の私と同い年の母だ。
私の中の深いところから、確信に満ちた思いが突き上げてくると同時に、涙が溢れた。

何故母の映像なのか、何故今の私と同い年の母なのか、その映像がどんな意味を持つのか、そして何故涙が溢れたのか、その時は、その時の自分の状況と結びつく答えは何一つわからなかった。
ただただ、どこか遠いところを旅して帰ってきた。そんな感覚と、とても静かにそして深く自分と対峙した時間だったという感覚が残ったのだった。

付け加えると、
その時の母の写真を引きで見ると、母の前にはぶっきらぼうに立っている幼い私がいて、母の細い指は、何か決死の覚悟で私の肩を支えている…
あの写真の母だと後に実家でアルバムを探してみたら、それにほぼ近い構図の写真はあったが、それほど決死の覚悟という形相でも泣き出しそうな顔でもなかった。
しかしこのクラニオのセッション以降、何度本物の写真を見ても、私の中の記憶は、その写真に限ってセッション中の写真に置き変わってしまう。
そして、当時のどの写真も私は変わらずぶっきらぼうで憎たらしい顔をしているが、母がほっそりとはかなげだったのは、その時期だけで、その前後から今現在までほぼ丸々している。

セッション後、プラクティショナーは何か示唆的なことを言うでもなく、あっさりとセッションは終了した。
私の中に、
潜在意識の中に何か大切なものがある。身体は何か知っている。答えは自分の中にある…
明確なそんな言葉ではなかったが、そんな感覚で深いところに落ちてくるものがあった。

そして、遠いところを旅して帰ってきた感覚、静かに深く自分と対峙した感覚は、今まで受けたどんな治療よりも私本位で変化を促してくれ、私自身が答えを見つける手助けをしてくれると感じた。
人は、というかとりわけ私は、誰かに治してもらいたいのではなく自分自身で治りたいのだと思った。

このあと程なく、セッション中の映像の意味がわかる時が訪れた。
そして、何度となくクラニオのセッションを受け、やがて自分もプラクティショナーとしてのトレーニングを受ける中で、不思議なことをいくつか体験したのだった。



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13、奈落へ落ちていく

『人間の身体の中には、呼吸や心拍とは異なった潮の満ちのようなリズムが存在する』
その説明文の一節に、今まで意識したこともなかった身体の神秘を感じ、ゾクッとした。

内容を読み進めていくと、
『その潮の満ち引きのようなリズムは、呼吸や心拍が生まれる以前から存在するその人固有のもので、そのリズムにチューニングすることで、深い瞑想状態を導き、潜在的な記憶に触れたり、神経系、内分泌系、免疫系を整え、その人の心身の健康に結びつく』
というような記述があったと記憶している。

頭蓋骨や仙骨、脳や脊髄、脳脊髄液、神経系や内分泌系、免疫系…。
解剖・生理学という物理的に存在するものにアプローチするというフィジカルな面を持ちつつ、深い瞑想状態や潜在的な意識というフィールドにもつながるという。
ニューエイジ一辺倒ではなく、入口はフィジカルというのが、私にはピンときて、俄然興味がわいた。

友人が作った『FILI』 は、当時注目され始めた精神世界、ニューエイジやスピリチュアル、癒しという言葉を日本に根付かせるきっかけを作った雑誌の一つで、アメリカで大きなムーブメントになっていたニューエイジ系ワークや療法を積極的に紹介していた。
そして、私が発声障害で悩んでいたまさに真っ只中に、日本では初めての大掛かりなニューエイジ系の一大イベントを東京晴海の見本市会場で行ったのだ。
会場には多くのブースが設営され、体験ワークショップや講演会、ライブコンサートなどが行われた。
私も司会や進行役を手伝い、その熱気に、日本にもこんなにたくさんのニューエイジに興味を持つ人がいたんだと驚いた。
そして、その会場の一角で、私はかねてから興味を抱いていたクラニオを体験したのだった。

それまで雑誌は読んでいたが、ニューエイジ系のワークを実際に受けるのは初めてのこと。
クラニオは、治療的な側面もあることは知っていたので、問診のようなことから始めるのかと思いきや、受けるにあたっての注意事項が幾つかあっただけで、私の状況への質問は一切なかった。
急ごしらえのブース、ついたての向こうのざわめきが届く中で、私はゆっくりボディワーク用テーブルに横たわった。

その日は体験ワークショップで、20分ほどのセッションだった。
プラクティショナー(クラニオでは、施療者をこう呼ぶ)が、仰向けに横たわった私の頭の下に後頭骨を包み込むように手を差し入れると、程なく、その手に誘導されるように、フッとたった今居た世界から違うところに入った感覚に包まれた。
自分だけのとても居心地のいい空間にいる感覚だ。
あたりのざわめきも自分の身体が横たわっている場所も、ちゃんとわかっているのだが、同時に、意識はそういう現実から切り離されたところにいると感じだ。

後頭骨に触れられている手の感覚が私の皮膚に同化し、外界と触れている身体の感覚が希薄になっていく。
時折、身体全体が、というより身体だと感じている塊が、スーっと深いところへ落ちていったり、フッと上昇したりする。
その感覚に身をゆだねているうちに、まぶたの裏側にイメージが広がった。
真っ暗闇の中に、ふわふわの白い羽が一枚浮かび上がってきた。
時折ゆっくり回転し、見せる姿を変えている。

その羽の様子を自分の身体の感覚と重ね合わせているうちに、面白いことに気づいた。
真っ暗闇の中の白い羽は、あるときはふっと浮かび上がり、あるときはスーッと落ちていっているのだ。
そして、しばし逡巡するようにたゆたったあと、その羽は、一気に落ちていった。
瞼の裏の映像は、真っ暗闇の中の真ん中に白い羽があるだけだが、リンクしている私の身体が、落ちていく感覚を拾っている。
眉間の奥の方で、スーッと物理的に落ちていくときの感覚を察知している。
一瞬恐怖心に襲われた。

あ、奈落?
奈落の底ってこういうこと?
と同時に、自分がクラニオのセッションを受けている最中で、安全な場所にいるという意識もちゃんとある。
ならば、身を任せてみようと思い直した。
果てはどこなのか、何があるのか、どうなるのか体験してみたいと。




この記事のみを表示する12、頭蓋仙骨療法(クラニオ・セイクラルワーク)①

12、頭蓋仙骨療法(クラニオ・ セイクラルワーク)

けいれん性発声障害の治療法については、以前、数回に分けてブログで紹介したことがあるが、ここでは、それらの治療法について、私自身の状況と重ね合わせて、もう少し詳細に記していきたいと思う。

一番に取り上げたいのが、オステオパシーの代表的な手技の一つ『頭蓋仙骨療法(クラニオ・セイクラルワーク)』だ。
オステオパシーとは、19 世紀後半、アメリカで確立された自然医学で、基本的には、外科的手術や薬物に偏らず、ヒトに本来備わっている自己治癒力を高め健康を取り戻すことを目指ざしているときく。
欧米では国家資格であり、メディカルドクターと同等の治療が認められているが、日本では、まだ教育の環境が整っておらず、民間のスクールなどで、海外からの講師を招くなどしてその手技を学ぶことができる。

オステオパシーは、基本的には、西洋医学の解剖・生理・病理学に基づいて身体を診ていくが、診方やアプローチの視点が実にユニークだと感じた。
『頭蓋仙骨療法』(以下クラニオ)は、頭蓋(craniumクラニアム)から仙骨(sacrumセイクラム)に存在するシステムに働きかけるので、この名前がついている。
頭蓋から仙骨に存在するシステムとは、①頭蓋骨や脊柱、仙骨という骨自体、②脳と脊髄という中枢神経、③中枢神経を容れる髄膜、④髄膜の中を満たしている脳脊髄液のこと。

実際の手技では、頭蓋骨や仙骨の微細な動きを手で捉え、硬膜の動きに働きかけることで、頭蓋骨や仙骨の歪みを調整し、神経の促通や体液の循環を促していく。
同時に深いリラクセーションに導き、潜在意識に触れることで思わぬ気づきを得ることもある。

以上のことは、後にセミナーなどで学んだ基本的なオステオパシーとクラニオの知識だ。
興味を持たれた方は、私の HP、pdfファイルの記事などをあわせて参考にしていただきたい。

ともあれ私にとってクラニオは、フィジカルとメンタル、潜在意識と顕在意識をつなぐ架け橋になったワークだ。
先にも記したように、代替医療は同じ治療法でもアプローチの方法が様々で、しかも受け手の個性によっても作用の出方が違う。
多くの方に同じように効果があるとは言えないのだが、だからこそ個々のケースの詳細を記すことが、意味ある症例報告につながるとの思いから公開することにした。

クラニオとの出会いは、音声外来始め様々な西洋医のもとを訪れても一向に光が見えて来ず、すっかり閉塞的な気持ちに陥っていた頃だった。
当時、友人が、『FILI』という精神世界系の情報誌を発行しており、心と身体に関する気づきのワークがいろいろ紹介されていた。
その中で、ふと目にとまったのがクラニオで、『人間の身体の中には、呼吸や心拍とは異なった潮の満ち引きのようなリズムが存在する』
その説明文の一節に強く心がひかれたことがきっかけだった。

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11、代替医療の可能性

音声の専門医めぐりを頻繁に繰り返しながらも、状況打開の糸口を見つけられず、閉塞的な状況に陥っていた私は、徐々に代替療法の門をたたき始めた。

鍼灸、按摩、マッサージなど国家資格の治療から、オステオパシー、ホメオパシー、カイロプラクティック、アロマセラピー、整体、外気功などの民間施療や湯液(漢方薬)。
ボディワークと呼ばれるニューエイジ系の心身統合のワーク、実際に身体に働きかけるものからエネルギーワーク、呼吸法や身体の使い方、ボイストレーニングなどエクササイズ系のワークまで、自分のアンテナに触れたものは手当たり次第に試してみた。

これらの施療やワークは、病に対する考え方も治療の根拠とするところもアプローチの仕方も、西洋医学とは大きく異なる。
種類は星の数ほど存在するが、同じジャンルの治療法でも治療家によってその患者のどこに注目するかも様々で、西洋医学で言うところの治療ガイドラインのようなものはほとんど存在しない。
治療者自身の経験や技量によるところが大きく、同じ治療法でも診たてやアプローチの仕方は無数にあり、治療法を総括して評価することは難しい。

はじめは、ともかく何らかの変化がほしくて手当たり次第に試していたが、徐々に上記のような特徴が見えてきた。
そして、症状に顕著な変化はなくても、身体の片寄った使い方やそうしていた心理的な背景について、なるほどと思えることも多かった。
治療法を通してその症状を持っている自分をみていく中で気がついたことがあり、その気づきが結果的に私自身にとって有効な方法を示してくれた。

痙攣性発声障害を始め、発声障害を患っている患者さんは、自分の状態を熱心に観察していらっしゃる方が多い。
話を伺う中で、その方なりの症状に対する分析や対処法など、なるほどと思えることがたくさんあり、治療の参考にさせてもらっている。
未だ明確な治療ガイドラインを作りにくい代替医療の治療ではあるが、だからこそ個々の体験を共有する場が必要ではないかと感じている。

ここでは、私という個体に有効であった体験と、許しを得た患者さんの体験を記していきたい。
詳細に記していく中で、何らかの治療ガイドラインに成り得るものが見えてくれば嬉しいし、それが実現できなくても何らかの助けになれば幸いと思う。