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42、治療について

私も20年以上不自由な状態を抱えて生きてきた。
時折、何でもなかったようにいい状態が訪れ、同じようにそれは幻だったかのようにまた悪い状態に戻ることは多々あれど、今まで私自身が体験した代替医療の中でも、自分にはあっていると感じたものは存在しても、残念ながらすっかり治ってしまったという特定の治療法に出会ってはいない。
短期間で一度に多くの患者さんに変化を与えられるということに関しては、やはり確立された外科的処置や投薬の方法を持っている西洋医学の分野の方が優っているのだろうと思う。
こう言うと、なんだ、自分がいる医療の世界を信じていないのかと思われるかもしれないが、決してそういうわけではない。
代替医療は、西洋医学的な病や障害の括りとは一種異なった発想の身体の診かたや、西洋医学の括りから漏れた個体差に注目することで、本来の身体の方向へ舵取りをしていく方法だと思う。
勢い、即効性には欠ける。

私の場合、20数年という歳月は気が遠くなるほど長く、しかも未だにいつ発作が出るかわからない不安と隣り合わせの日々ということに照らすと、これを果たして治したと言えるのかとついツッコミも入れたくなる。
しかし、喋れないほどひどい状態に留まり続けることはなくなっているし、仕事もできるようになった。
状態をグラフにすると、一時的に下降する時が時々あっても、全体的なカーブは治癒に向かって格段に上昇している。
もちろん、障害の程度や私という個体にもよるものだが、バランスをとって元に戻ろうとする力、いわゆる自然治癒力と自分なりにいろいろ試した治療法が相まって、いい方向に向かっているのだと思っている。
気がつくと、あれ?そう言えばここ数日声のこと忘れてた…というようないい状態が長く続くようになって、今に至っている。
それでも、悔しいけれど、『発声障害は治せる!』と豪語出来るレベルではない。
しかし、緩やかな上昇カーブを描いていけると、自分の身体と対話して信じている。
今私がしていることは、向き合う患者さんが、少しでもいい方向に向かうよう必死で糸口になるものを探すことだ。
そんな日々の積み重ねで、意外にシンプルな身体のスイッチに気づき、あっけないほど簡単に変化を起こすことができる日が訪れるかもしれないという期待も捨ててはいない。

発声障害の治療について、私は基本的に身体全体の治療と障害部位に対する治療、そして音声訓練という方法で行っている。
その器官だけではなく、身体のつながりが大切だという教育を受けてきたので、そうするのが定番になっている。
何をしてでも、とにかく少しでも楽になってもらうことを模索すると、問題の喉周りに対してだけではなく、調子を崩している箇所には自然に注目する。
先ほど触れた、どこかに意外な身体のスイッチがあるかもしれないという発想は、そういう身体のつながりという考え方の延長にあるものだと思う。

過去に事故でムチウチをしていて今でも首が痛い、頚椎ヘルニアの手術をしていて凝りがひどい、大腿骨を骨折してボルトが入っていて動きが不自由である、顎関節症で噛み締めがひどい…などなど、主訴が痙攣性発声障害でも、話を聞くといろいろ不調を抱えている方は多い。
けいれん性発声障害は、意思とは関係なしに声帯の筋肉が収縮する(内転性の場合)脳と神経の病気と言われている。
調子を崩しているところを治療しても、もともとの原因とは直接関係ないような気がするが、実際は、かなり楽になることが多い。
けいれん性発声障害の患者さんは、喉頭周りの筋肉が硬く喉頭の動きも悪く、首や肩は凝りが強い。首や肩、顎といった喉頭に近い場所だけではなく、腹筋がこわばっている患者さんも多く見受けられる。
多くは、思うように発声できないことで周辺の筋肉にこわばりが及んだのだと想像するが、そのこわばりがまた声が出しにくいという状況を作っていく。
まさに身体はつながりで機能しているということだ。
原因から遠くても、負のスパイラルは解除するに越したことはない。

筋肉の凝りやこわばりということについて、少し体験したことを書いてみたい。
凝りをほぐすとか、硬いところを緩めるなど、身体を整えるということに関してよく耳にする言葉だが、凝りやこわばりは、そうなる理由があるからそうなっている。
特定の筋肉がこわばる背景には、その筋肉自体の筋力が低下していたり、協調して働く筋肉や拮抗して働く筋肉がうまく稼働していないことがある。
たとえば、深層筋が使えないと外側の筋肉がこわばるというのは、腰痛などでよくみられる。単にこわばっている筋肉だけに注目して緩めると、逆に腰が立たなくなってしまうこともある。
深層筋が使えていない(筋力低下)という発想があって、深層筋の筋力低下を解消することをすると、外側のこわばりは自然になくなる。
どこかに故障があるということは、筋力のバランスも崩れ、特定の場所にしわ寄せが来ているということだ。
目立った故障がなくても、気づかずにいる使い方の癖が蓄積して、こわばりになっていることもある。

発声を筋力のバランスという観点から考えてみると、声帯筋が収縮するというのは、どこか使えていない筋肉の代償ではないかとも考えられる。
実際私の場合は、喉仏を上へ上げるようにして固定すると、引っかかりが少なく声が出せた。喉頭(喉仏)を引き上げる筋肉と引き下げる筋肉のバランスが崩れていて、そのことが、声帯筋の緊張に結びついていたのだと思う。
私の場合は、上へ引き上げる筋肉が上手く働けていなかったわけだ。

また、舌根が硬く動きが悪いと喉頭の動きも悪くなり、喉頭の動きが悪いまま声の高低をつけようとすると詰めた声になる。
無意識のまま使い続けていると使い方が固定され、詰まりが進んである閾値を超えると、声帯筋が不随意に収縮してしまうという神経回路ができてしまったと考えられないだろうか。
けいれん性発声障害の患者さんは、おしなべて喉頭の動きが硬い。
始めから硬かったわけではなく、声楽をやっていらっしゃる方、アナウンサーや声優、ナレーターなど、元々声に対して観察眼のある患者さんは、声を揃えて、調子を崩す前は問題なかったと言う。
以前は簡単に出来ていたことができなくなってしまうのは、単純に使い方の蓄積とは考え難いし、そこがけいれん性発声障害の治療の難しさにもつながっているのだろうが、この喉頭の動きは大切な要素だ。

発声の違和感や声の詰まりは、筋力のバランスとは少し異なるが、鼻に抜ける音と抜けない音を作る軟口蓋の使い方や、副鼻腔炎や上咽頭炎も関係しているのではないかと思っている。
引き続き、例を挙げながら考察していきたい。
いずれにしても、個体差にかかわることで、脳と神経の病気という大もとから見れば、遠いところから消去法で潰していくカンジでじれったい気もする。
しかし、考え方としては、本来あるべきバランスに戻してあげるということで、本来の機能をとりもどすということは、声のみならず、同時に周辺の不調も徐々に解消されていくということだ。(そういう理想を掲げて努力している)