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37、1から10を味わう

自分の問題を遠巻きに、ズバっと核心に切り込むことはできなくても、それなりに傷つかないように、でも自分を鼓舞しながらやってきたんじゃないかなと思う。
実際の声の仕事と治療の学びや治療の仕事を続けていく中での心理的なグルグルは、前述したとおりだが、肝心の声の状態はどう変化してきたのか振り返ってみると…。

収拾がつかないぐらいのひどい症状で、現場から戻ってきたり現場に行けずに代わってもらったことがあったのは、センサリーアウェアネス1のあたりまでか。
その後は、不安を抱える日常で悶々とし、現場はなんとか切り抜けてきた。
そして、療術の学校以降は、発作的なものが出ても収録が終わるまでには、なんとか折り合いをつけられるようになった。
そして、鍼灸学校のあたりでは、発作的なものは出るけれども、最終的には良い状態で終了し、しかも以前より自分が表現したいと思ったように表現できるようになったと感じた。
つまり、発声障害を発症する以前より、基礎的なところが改良され、良いパフォーマンスができるようになったということだ。
これは私の感じ方なので、聴いた人によっては、変わらないとか、声が低くなったという感想をもらった。
実際に、ストレスなく声が出せている時は、使える音域も地声の幅も広がり、声の安定感が増した。
息漏れが少なく響くようになり、長時間使っても疲労感が少なくなったと感じた。

ただジッとしているだけで、元に戻ってきたわけではない。
せかされるような気持ちで受けてきたボディワークや呼吸法をはじめとしたエクササイズだったが、治療の勉強を始めたことで、あ、そうなのかと、つながることが多くなってきた。
症状がひどく、『あー』という何でもない長音さえスムーズに出すことができず、そんな自分に向き合うことが怖く迂回してきた音声訓練だったが、受けてみれば多くの発見があった。
仕事に入るときに常に感じる、発作が治まらないままだったらどうしようという不安感の一方で、大丈夫、絶対治まるから!という気持ちが芽生えてきた。

ただ、そういういい状態になってから、一度グッと落ちたことがあり、その恐怖感から回復するのに数年かかったことは、前に触れた通りだ。
今でも、ボイストレーニングで、声を出し始める音階練習の最初では、必ず、ガッ、ガッ、ガッと声が詰まる。
不意に発する『こんにちは』や『おはようございます』が詰まることはしょっちゅうある。

もちろん、いまだ脱しきれていないのだという悲観的な感情があることは否定しないが、なすすべもなく悩んでいた頃よりはずっといい状態に変化したことは事実だ。

身体の状態やパフォーマンスが、いいも悪いも含めて1から10あったとする。
普通の人は、常に5から8あたりで、平穏無事、安定的に使えている人だとする。
一方、病気になったり、調子を崩す人は、1まで下がったところを体験した人だ。
その人が、自分を観察し、気づきや鍛錬をコツコツ積み重ねることで1から5に引き上げてきたとする。
さらにその先の10まで時間をかけて体験し、体験できないまでも何が必要かが想像でき、やっと普通の人と同レベルの5から8あたりの状態やパフォーマンスまでもっていけるようになったとする。

最初から5‐8の人と、1-10をつぶさに体験した人とでは、身体の可能性を知っているという点で1-10の人に一票入れたい。
可能性を体験したということは大きな強みだ。
自分自身に対する信頼性に結びつく。そして1を体験したことで弱者の気持ちがわかる。
『逆境こそチャンスだ!』的な短絡的な思考は持ち合わせない私だし、できれば逆境は体験したくないが、してしまったからには、そこから学ぶしかない。

発声障害という問題に向き合うことは、特に声の表現者にとっては並大抵の辛さではない。
あたって砕け散ってしまったのでは、取り返しがつかない。
信頼を損ねたり、活動の場さえも失ってしまうリスクと隣り合わせだ。
かといってあっさり引いてしまっては、復活するまでに、さらに多くの心理的物理的葛藤と向き合うことになる。

小心者の私は、自分でも傷つきたくないし、周りにも悟れたくない気持ちでジタバタしてきた。
ただ、自分自身の観察は怠らなかったと思う。
具体的なエクササイズは後述するが、すべて普通の健康の底上げ的なものだ。
それが加速度的に変化してきたのは、ところどころに、あ、そうだったんだ!という私なりの、ささやかだかれど大きな発見がつながってきたからだと思っている。

それでも発作は出る。イヤになるほどダメな時はある。
自分はそういうものだと諦め、そして、今、1-10の貴重な1を体験しているのだとその感覚を味わってみる。
正直余裕はないけれど、そういう気概は失いたくないと思っている。