FC2ブログ

この記事のみを表示する36、逃げる、遠回り、迂回

36、逃げる、遠回り、迂回

療術の学校で学ぶ頃には、本来の目的もほとんど忘れて、履修カリキュラムをこなすという日々になっていた。
学校に行き始めれば、学科の勉強だったり卒業に向けてのトレーニングだったりで、目の前にはクリアしなければならない問題が山積している。
それをこなしていく中で、時々、あ、そうだった、私は自分の問題で学び始めたんだと思い出す。
そう思い出す時は、たいてい仕事の連絡があった時や実際に現場に入る時で、なんとも言えない不安感を伴う。
しかし、なんとか無事過ごしてしまえばすっかり忘れているし、以前のように四六時中そのことが頭から離れないという状態ではなくなっていた。
そんな平和な状態が10年ほど続いた。
実際に、詰まったり震えたり、違和感のある時は少なくなり、発作的に出現しても程なく治まるようになった。
しかし『平和な状態』という表現は微妙だ。
音声表現から遠ざかっているということに、限りなくイコールだからだ。
継続して使ってもらえている仕事をハラハラしながらこなして、終わるとまた平和なところへ戻っていく。
一歩踏み出しても、完全復帰する強い気持ちには、どうしてもなれずにいた。
かといって、まったく新しい人生を歩むことは考えられずに、声の事務所に所属しつつ治療の勉強を続けた。
療術の学校を卒業したあとは、オステオパシー系の治療院で働き始め、二足のわらじ生活が始まった。

自分の問題に向き合っているのか、それとも逃げているのか、中途半端な時間が続いた。
身体の勉強をしている時間は、間接的ながらも自分の問題に向き合っているという言い訳ができた。
そんなふうに、声が不自由な自分という核心にズバッと切り込むことはできないくせに、その問題を遠巻きに、治療という領域でグルグルしていた。

オステオパシー系の治療院で働いている間に、鍼灸学校へ通い始めた。
国家資格を取得するための学校は、費やす時間も費用も膨大で、かなりの決意を要する。
しかし、一度平和なところを体験した私は、悩む間もなくあっさり飛び込んでいた。
やはり、喋れない自分、表現できない自分という問題に直接向き合うことができなかったからだ。
自分の問題を解決するためという大義名分を掲げながら、私は自分の問題から逃げ続けた…
と、過去の自分に対して、私はとことん厳しい。

それでも、私にとっては必要な時間だったと思いたい。
学びの日々の中で、ずっと頭の中を占領していた喋れない自分というグルグルしたエネルギーは、新しい知識を取り込むという知的な作業に変換された。
その作業に没頭しているまさにその時には、喋れない自分も、その問題から逃げるも立ち向かうも何もない。
ただただ過去から解放された新しい自分が、瞬間瞬間に更新されていくような充実感があった。
よかったんじゃないかな?
そんな時間を持ったことをそう思えたのは、つい最近のことだ。

確かに、安全な場所に逃げ込んだかもしれない。
ズバッと核心には迫らなかったかもしれない。
でも、そこで得たものもまたあったし、無駄はないんだと思いたい。
実際、その時代無心に学んだことで、私の根っこになっていることはたくさんあるのだから。