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13、奈落へ落ちていく

『人間の身体の中には、呼吸や心拍とは異なった潮の満ちのようなリズムが存在する』
その説明文の一節に、今まで意識したこともなかった身体の神秘を感じ、ゾクッとした。

内容を読み進めていくと、
『その潮の満ち引きのようなリズムは、呼吸や心拍が生まれる以前から存在するその人固有のもので、そのリズムにチューニングすることで、深い瞑想状態を導き、潜在的な記憶に触れたり、神経系、内分泌系、免疫系を整え、その人の心身の健康に結びつく』
というような記述があったと記憶している。

頭蓋骨や仙骨、脳や脊髄、脳脊髄液、神経系や内分泌系、免疫系…。
解剖・生理学という物理的に存在するものにアプローチするというフィジカルな面を持ちつつ、深い瞑想状態や潜在的な意識というフィールドにもつながるという。
ニューエイジ一辺倒ではなく、入口はフィジカルというのが、私にはピンときて、俄然興味がわいた。

友人が作った『FILI』 は、当時注目され始めた精神世界、ニューエイジやスピリチュアル、癒しという言葉を日本に根付かせるきっかけを作った雑誌の一つで、アメリカで大きなムーブメントになっていたニューエイジ系ワークや療法を積極的に紹介していた。
そして、私が発声障害で悩んでいたまさに真っ只中に、日本では初めての大掛かりなニューエイジ系の一大イベントを東京晴海の見本市会場で行ったのだ。
会場には多くのブースが設営され、体験ワークショップや講演会、ライブコンサートなどが行われた。
私も司会や進行役を手伝い、その熱気に、日本にもこんなにたくさんのニューエイジに興味を持つ人がいたんだと驚いた。
そして、その会場の一角で、私はかねてから興味を抱いていたクラニオを体験したのだった。

それまで雑誌は読んでいたが、ニューエイジ系のワークを実際に受けるのは初めてのこと。
クラニオは、治療的な側面もあることは知っていたので、問診のようなことから始めるのかと思いきや、受けるにあたっての注意事項が幾つかあっただけで、私の状況への質問は一切なかった。
急ごしらえのブース、ついたての向こうのざわめきが届く中で、私はゆっくりボディワーク用テーブルに横たわった。

その日は体験ワークショップで、20分ほどのセッションだった。
プラクティショナー(クラニオでは、施療者をこう呼ぶ)が、仰向けに横たわった私の頭の下に後頭骨を包み込むように手を差し入れると、程なく、その手に誘導されるように、フッとたった今居た世界から違うところに入った感覚に包まれた。
自分だけのとても居心地のいい空間にいる感覚だ。
あたりのざわめきも自分の身体が横たわっている場所も、ちゃんとわかっているのだが、同時に、意識はそういう現実から切り離されたところにいると感じだ。

後頭骨に触れられている手の感覚が私の皮膚に同化し、外界と触れている身体の感覚が希薄になっていく。
時折、身体全体が、というより身体だと感じている塊が、スーっと深いところへ落ちていったり、フッと上昇したりする。
その感覚に身をゆだねているうちに、まぶたの裏側にイメージが広がった。
真っ暗闇の中に、ふわふわの白い羽が一枚浮かび上がってきた。
時折ゆっくり回転し、見せる姿を変えている。

その羽の様子を自分の身体の感覚と重ね合わせているうちに、面白いことに気づいた。
真っ暗闇の中の白い羽は、あるときはふっと浮かび上がり、あるときはスーッと落ちていっているのだ。
そして、しばし逡巡するようにたゆたったあと、その羽は、一気に落ちていった。
瞼の裏の映像は、真っ暗闇の中の真ん中に白い羽があるだけだが、リンクしている私の身体が、落ちていく感覚を拾っている。
眉間の奥の方で、スーッと物理的に落ちていくときの感覚を察知している。
一瞬恐怖心に襲われた。

あ、奈落?
奈落の底ってこういうこと?
と同時に、自分がクラニオのセッションを受けている最中で、安全な場所にいるという意識もちゃんとある。
ならば、身を任せてみようと思い直した。
果てはどこなのか、何があるのか、どうなるのか体験してみたいと。