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30、ロルフィング系ワーク

西洋医めぐりをあきらめた頃、普通のマッサージ屋さん以外で、初めて受けた本格的なボディーワークにロルフィング系のワークがある。
いつ起こるとも分からない症状に不安が募り、しかも医療機関では症状自体が理解されず、心身ともに消耗していた時だった。

『ロルフィング』は、1940年代に、アメリカの生化学者・アイダ・ロルフ博士が作り上げたワークで、博士の名前にちなんで、『ロルフィング』と名付けられ、ニューエイジ系ボディーワークの先駆的な存在と言われている。
結合組織、特に筋肉を包む筋膜に働きかけ、身体に偏在している筋膜のブロックを伸ばし、身体に記憶されている偏った使い方や癖を本来あるべきところに戻し、健康を取り戻すというものだ。

前述のニューエイジ系の情報誌を作っていた友人の関係で、周りにはすでに受けたことのある友人が数名いたので、様子を聞きつつ、早速一人のボディワーカーを紹介してもらった。
少し細かい説明になるが、『ロルフィング』という呼び名は、アイダ・ロルフ直系の研究所で学ぶボディワークのことで、所定のカリキュラムを終了し認定を受けたボディーワーカーは、『ロルファー』と呼ばれる。
そこから派生したロルフィング系のワークがいくつか存在し、私は、『シン・インテグレーション』というロルフィング系のワークを受けた。

ワークは、筋膜のこっちが伸びればこっちが縮むというような、モグラ叩き的な現象が起きにくい順番で、通常10セッションに分けて、身体の各部位に働きかけ、ブロックを取り除いていくと聞いた。

ワーカーは、自身の手や肘を使って、クライアントの素肌にタッチし、筋膜を伸ばしていく。体幹や四肢はもちろん、頭部や、口腔内、鼻腔までアプローチするという。
自分の意識が届かなかった身体の場所で、何か新しい発見があるような気がしてワクワクした。

この頃の私の声の違和感の状態は、自分で感じているほど、周りは気づいていないという時期で、何とか問題にならない程度に仕事はできていたが、そのことがまた私の気持ちの負担だった。
破滅の時に向かってカウントダウンが始まっているような、胸がヒリヒリするような焦燥感。
かといって何をどうしたらいいのかわからず、とにかくじっとしていることが一番苦痛だった。
西洋医めぐりはさんざんしたが、その部位に異常はなく、対症療法的なものはし尽くしたのだから、次は違うアプローチをしようと思った。

部位ではなく、身体という全体。
悪いところを探すのではなく、電源を一度オフにし、ニュートラルな状態にリセットしてから電源を入れる。
これは、それまでの経過を振り返って今感じることだが、その時までの体験から、当時も、深いところでそう思っていたのかもしれない。

ロルフィング系ワークは、ワンセッション2時間位とってくれて、3、40分がセッション前の問診、実際のワークが1時間ぐらい、残りの時間で、セッション中に感じたことや身体の変化をシェアした。

クラニオの後ではあるが、街のマッサージ屋さん以外では初めての本格的なボディワークで、脱力するということがよくわからなかった。
今振り返ると、ベッドに横になっていても、自分で自分の身体を支えている感じだ。
初期の頃、何度か手足を持ち上げられて、力が抜けている時と入っている時の違いを繰り返し体験し、やっと、今まで、というか普段も、常に自分で自分の身体を支えていたんだということに気づいた。
椅子やベッドに、ホントに身体をあずけるというのは、私にとって初めて体験する感覚で、うまく脱力できるのに、少し時間がかかった。

ベッドも椅子も、重力でどっしり地に根ざしていて、突然私を裏切ってひっくり返ったりはしない。
当たり前のことなのに、何割かは自分で自分の体重を支えていた。
しかも四六時中。
外側からの干渉のせいではなく、自分から緊張を作り出していたということを体感するのは、新鮮な驚きだった。

脱力の感覚がわかっただけで、身体は、いつもより数段楽になった。
そして、脱力の感覚がはっきりわかると、ワークの深さが格段に違った。
今思うと、こんなこともできなかったんだということに驚くが、脱力するというのは、信頼するということにつながるのだと思った。
椅子やベッドや床に身をあずければ、つまり重力に身をまかせれば、自分で頑張らなくても支えてもらえる。
その信頼できる場で、とことんニュートラルな自分にリセットする。
ロルフィングに対して、私は、程なくそんなイメージを持った。

アプローチした部位の順番は忘れてしまったが、印象に残っていることはいろいろある。
部位の筋肉の起始と停止の間を、肘や手で圧をかけ伸ばしていくのだが、背中も、足も腕も、自分で想像するより長いと思った。
受けている時の感覚では、あぁ、もうそろそろ端まで到着だな…と感じてから、さらにひと伸びする。
そのひと伸びの分だけ、緊張が解放された気がした。

施療後に、瞬時に手触りが変わったのがわかったのは、大腿部だった。
触れた感じがなめらかになり、肌理がそろってツヤツヤした感じになった。
まるで、洗いたてのしわくちゃの綿シーツにアイロンをかけたみたいだ。
手触りがほんとに気持ちよくて、何度も何度も思い出しては触れて確かめた記憶がある。
そして、なるほど、身体のいたるところにアイロンをかけて、しわくちゃに縮んでいるところをこんなふうに綺麗に伸ばしているんだなとイメージできた。

今まで分け行ったことのない場所に、サーっと陽が差し込んだように感じたのは、季肋部と下腹部、そして肩甲骨の裏側だった。
横隔膜へのアプローチのあとは、呼吸がとても深くなり、お腹周りへのアプローチの時は、内蔵はどうなっているんだろうか?と思うぐらい、深いところまで圧が入ってきた。お腹を固くしないで、身をまかせていられる自分が不思議で、ちょっと遠い出来事のような感覚の中にいた。

肩甲骨の裏側は、超現実的に記憶がクリアで、『怖い!』というのが、アプローチ直前の感覚。
いきなり、小さい頃に何度も肩を外したことを思い出した。
しまいには、病院や骨つぎに行かなくても、祖母がはめられるようになったと聞いた。
あ、外れるという瞬間の感覚を思い出したのだ。
怖かったが、脱力してまかせた。
肩甲骨と肋骨の間に指が入る瞬間は、『うっ、エグい!』という感覚。
大丈夫ということが分かったら、もう一つ脱力できた。
思い起こせば、私にとっては、この肩甲骨の裏側が、一番ネックだった。

他に口腔(口の中)というのも、普段、人に触れさせることはない場所なので驚いたが、どんな感覚だったかはあまり記憶にない。
終わったあとに、口の中が一回り広がったような感覚は憶えている。

肩甲骨に関して言えば、そのあと、呪縛から解放されたように縦横無尽に動くようになった。
肩を動かさずに、肩甲骨だけ挙上したり下制したりするのが、私のかくし芸の一つにまでなってしまった。

一方で、舌骨や舌根、喉頭周りのリリースも行ったはずなのだが、全く記憶にない。
そこについての説明も、その時の感覚も、普段なら何かに関連付けて憶えているはずのことなど、ものの見事にスコンと抜けている。
私にとって一番重要な場所なのに、全く記憶にないというのも面白い。
どうしてだろうという分析は、ここではやめておく。

記憶に残るロルフィング系のセッションは、どこを切り取っても、今までに体験したことのない、深い安らぎと安心感に満ちた時間だった。
決して眠っていたわけではない。
覚醒していたわけでもない。
なぜ?や、あえて思考を巡らすことを手放し、ひたすら身体の感覚と向き合い、心地よさは心地よさとして、痛みは痛みとして受け入れた時間だった。
好きも嫌いもなく、ただひたすら自分の身体がいとおしいと感じた。

セッションの終わりの方には、必ずクラニオが入った。
後頭骨の後ろにそっと手が添えられると、あぁ、もうすぐ終わりの時間だと、残念な気持ちになった。
でも幸せな感覚と、自分自身をいとおしく思う感覚は、帰り道でも、途中でお茶する時も、家に戻ってからも続いた。
その気持ちよさを十分享受したいという思いから、セッションの日はお休みを取り、毎回、自分が戻る部屋をきれいに掃除してから出かけた。
自分と自分の生活をこれほど大切にしたことは、それまでなかった。

ロルフィング系のワークは、あれこれ思考を巡らすことなく、ひたすら身体を感じた時間だった。
そして、ふと、身体を通して気づきがやってきた気がした。
この数ヶ月で、私は数キロ痩せた。
私は、むしろ体育会系女子的な身体を目標にしていて、体重と体脂肪の管理をきっちり行い、スキーシーズンまでに数キロ増やすべくトレーニングしていた。
それが、セッションの期間中は、筋トレをひかえていたこともあるが、気づくと数キロ痩せ、痩せたことで逆に筋肉の存在が浮かび上がってきた。
そして、その状態で、その体重で、隅々まで身体を感じることができて、しかも十分幸せに過ごせている。その幸福感は、体重を増やそうと焦る気持ちに優っている。

あぁ、何もプラスする必要はないんだと思った。
既に持っているもので、私は十分幸せに生きていけるんだと思った。

ちなみに、私の友人は、ロルフィングを受けている間中、『安定感というのは、どっしりしていて丸太のようなカンジ』というイメージが、ずっとあったそう。
そうしたら、その後、華奢だった彼女は、アッという間に丸太のようなどっしりした身体になってしまった。
身体からの気づきは、最強かもしれない。