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28、ジストニー先生

ジストニアにとても前向きに向き合い、私自身がいろいろ触発される患者さんのことを書きたい。
一年ほど前から、主に咬筋のジストニアの治療で通ってくださっているKさん。
30代の男性だ。
発症から2年半経過する中で、神経内科でボトックス注射を勧められたが、ほかに手立てはないかと治療法を模索して治療室を訪れた。

始まりは、いつもの口にしているある言葉がピタッと決まらず、なんとなく違和感を感じたことだという。
気にしているうちに、構えるせいかその言葉がうまく喋れなくなり、しだいに、噛みしめたり、口が歪んだり、舌がこわばったりすることも出てきたという。
また、口の周りだけではなく、首周りや肩周りもこわばり、首がのけぞったり片側に曲がるという動きが頻繁に出たこともあるという。
ひどい時には、まわりに聞こえるぐらい大きな歯ぎしりの音が出たり、また歯ぎしりがひどく奥歯が欠けたこともあったそうだ。
口周りのこわばりがひどい時には、真ん中がどこなのかどっちに歪んでいるのかがわからなくなったり、唇や歯茎、舌がひとかたまりになってパーツの感覚がなくなってしまうこともあったそう。

彼の職業は役者だ。
これらのことが、仕事中に起こったことを想像してみてほしい。
役者であるKさんにとって、咬筋(歯を食いしばる筋肉)や表情筋に症状が出るというのは致命的なことだ。
思い通りに身体が動いて、それが前提の自分自身の表現なのに、身体のコントロールに多くのエネルギーを費やさざるを得ないもどかしさや理不尽さ。
職業性のジストニアには、想像を絶する苦悩がある。
経済的なところに直結してくるのはもちろんだが、アイデンティティに関わる問題でもあるからだ。
Kさんは、症状を抱えながら年に数回舞台に立ち、アミューズメント施設で役者として活動している。

症状は、始め、仕事中に出ることが多かったという。
声の出演での出来事だったので、パニックになりながらも、外から異変がわからないように必死で繕ったそうだ。
いつ出るかわからない症状に苦しみながらも、Kさんは、症状を観察してやろうという気持ちでブースに入ったという。
始めのころはパニックで真っ白になっていたのが、徐々にいろんな工夫を試してみるようになった。
鏡を見ることで、出ている症状とそれを感じている自分の感覚のズレを確認したり、また、触れることで頬や唇、顎、首なのパーツの感覚を確認すると症状をコントロールしやすくなることを見つけていった。
そのほかにも、意識の向け方、身体の動かし方、声を発するタイミングなどいろんなことを工夫して、なんとか喋れるように研究したそうだ。
一番激しい症状が出ている時に、外からは分からないように必死でコントロールしてきたその心の強さと役者魂にはほんとに感服する。

ここからが、私が伝えたかったもう一つの重要なことなのだが、症状と向き合う中で、Kさんは、いつからか、その症状を引き起こすものに『ジストニー先生』と名前をつけて、傾向と対策を練ってきたという。
ここで、前に触れた頚性ジストニアの方の『ドミンゴス』、私の『クロス』との妙な共通点に苦笑せざるを得ない。

最近では、Kさんは、
『楽しい飲み会の時に、症状が出たんですよ。
僕が楽しいんだから、ジストニー先生も楽しみたいのは当たり前かな』と。
またある時は、
『ジストニー先生には、マイブームがあるみたいで、今は、舌根の感覚がそれなんですよ』とも。

症状と向き合うことは大変だったけれど、実はいろんな発見があって、学ぶことも多かったと感じることが、『ジストニー先生』という呼び名になったそう。
ちなみに、ジストニー先生は彼の右肩のあたりにいて、彼のイメージを奥様がイラストにしてくれたものがあるらしい。
ぜひ拝見したい。

『ジストニー先生』も『ドミンゴス』も『クロス』も、苦しみながらも、敵対するのではなく、自分の中に共存する一部として受け入れた象徴だろうか。
できることならなるべく穏やかに暮らしてほしい。