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26、集約される感情

目の前に大きな鏡がある。と想像する。
等身大で奥行きのある箱のような鏡だ。と想像する。
その箱のような鏡に、自分がこうしたいと思ったことより、こうしなきゃを優先させてしまったことをどんどん放り込んでいく。
父に対している時、母に対している時、学校での自分、家での自分、弟に対している時…
出来事や、怒ることができなかったこと、泣けなかった時の気持ち、我慢したこと、夕陽が悲しかったこと、草いきれが苦しかったこと、飲み込んだご飯…
思いつく限りを放り込んだら、もう一度9才の自分にズームしていった。

まきストーブが赤々と燃えている放課後の学校。
スキー部の練習が終わって、どやどやと更衣室に戻ってきた仲間の中に私がいる。
赤い帽子をかぶって鼻水が少し流れている。
程よい疲労感と充実感。
汗ばんだ背中から、エイ!とタオルを抜き取った時の得意げな顔。
背中に一瞬心地のよい涼しさが広がって、身体中の細胞が深呼吸したようなカンジ。

時間は瞬く間に進んで、真夏の昼下がり。
川で泳ぎ疲れて帰ってきた私がいる。
すっかり冷え切って、歯がガチガチ言っている。
でも、ゴロンと横になった時の気持ちよさ。
畳は程よく暖かくて、陽だまりの匂いがした。
台所の方からは、母の動く気配がする。
もうすぐおやつが来ると、ワクワクしている。
あぁ、そうだ、幸せを感じる瞬間もたくさんあったんだと思った。
安心できる場所と守ってくれる人もまた、そこに存在していたのだと。

ポジティブな感覚を十分思い出したあとで、これからの私の生き方のシンボルとなるような言葉を、ファシリテーターと一緒に考えた。
『私は、自分が楽しいと感じることをすることを選択する』
そう決意表明してセッションは終了した。

この体験までに、スリーインワンは数回受け、この後も心理学系のセラピーはいくつか受けているが、印象深かったセッションを振り返った。

この体験を機に、私は変わったのか?
私の発声障害は好転したのか?
結論から言えば、良くなったこともあったし、また揺り戻しがあったこともあったというのが、正直なところだ。
心に残るセッションやセラピー、治療のあとでは、気持ちが穏やかになり、一瞬の晴れ間を感じることができた。

また、ふっと気づくといい状態が続き、音楽を聴いたり映画を見たり、ショッピングを楽しんだり、友人と食事をしたりの日常を楽しんでいる自分がいた。
しかし、あ、もう大丈夫かなと思う頃、今までの努力をあざ笑うかのように、悪い状態がぶり返してどんよりした。
落胆と絶望の間を行き来しながら、振り返ってみれば、その振り幅は確かに小さくなっていると感じたのは、発症から7,8年経ってからだ。

発症から18年経って、ほとんどストレスを感じることなく過ごせていたある時、久々大きな発作に襲われたことがあった。
発作の直前まで、声を出すことに関しては、ほんとに何の不安もなく、発声障害は遠い記憶の彼方という状態だったのに、あれ?これなんだろう?と感じたホンの一瞬の隙を狙って、一気に何者かに乗っ取られた。
突然、制御不能な『大きな震え』に見舞われたのだ。
過去に比べても最大レベルの事態だった。
その時の恐怖感は、一瞬にして時間を遡り、記憶の中で一番辛かった時の心理状態へと、私を一気に突き落とした。
まただ。何も変わっていない。逃れられない…そんなネガティブな感情が渦巻き、ポジティブな方向へ転じさせる要素は一ミリも入り込む隙がないような閉塞感にとらわれた。
しかし、数分するとその乗っ取られ感はなくなり、普通に声を出すことができた。
今度は何事もなかったかのように、普通の状態が戻ってきた。
それでも、その出来事が引き金になったと思われる発作は、それから度々起こり、いい状態に戻すには1年以上かかった。

新しいストレスの背景は、わかっていた。
実家の両親の介護問題だ。
年に数回は帰省して気にはかけていたが、父を介護しながら実家を守っていた母が怪我をし、二人だけの生活がたち行かなくなったのだ。
一報を電話で聞いたときは、それこそ心臓がバクバクいった。
自分のことで精一杯だった間に、両親は確実に歳をとっていき介護を必要とする年齢になっていたのだ。
この介護問題が引き金になった症状を経験することで、引き起こす原因は、日々更新されていくんだと思った。
導火線は、きっとそこらじゅうに転がっている。
問題は、きっかけとなる一つ一つの出来事ではなくて、出来事の根底に集約されている感情なのだと気づいた。

逃れられないと感じる閉塞感。自分の生活や仕事はどうなるのかという不安感。
自分がなんとかしなくちゃならないと感じる切羽詰まった感情。
今まで放っておいたという罪悪感。

そういえば、私が治療の仕事を始めたばかりの時も、よく発作が出た。
患者さんと会話するときに、腹筋がこわばってうまく息が吸えない、吐けない、そして『大きな震え』や『小さな震え』が出ることがあった。
声の仕事じゃないのに、ここでもこの問題から逃れられないのかと、絶望的な気持ちになった。
この出来事の根底にある感情は、きっと声の仕事に対する感情と重複しているとずっと後になって気づいた。

プロとしての仕事ができているのか、する資格があるのか、する価値のある人間なのかという自分を問い詰める感情だ。
自分に対する厳しさといえば聞こえがいいが、要は、発声障害に陥ることで失ってしまった自信と、それに伴って増していった自己肯定感の低さが根底にある。
つまり、仕事が違っても、集約される感情は同じで、そして同じ症状が出るのだ。
スリーインワンが解放しようとしているのは、この集約された感情このとなのだと気づいた。

理屈がわかるというのと、そのことを体感したり、ほんとに腑に落ちるというのとでは、天と地の違いがあるとしみじみ思う。
さらに、なにかの折にまた一段階、自分なりの深い理解が起こったりすることもある。
そういう意味で、もう20年近くも前に受けたセラピーのことが腑に落ちてきたのは、ほんのここ数年のことだ。