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24、受け渡される感情

残りの92パーセントの原因は、以前からあったものだ。
それは、父親の感情を受け継いでいるという。
『選択できないと感じている』『深い悲しみと罪悪感』
しかも、私の出産2時間前の父親の感情だという。

にわかには信じがたい予想をはるかに超えた過去だ。
そんな遠くから掘り起こして、今の私にどうたどり着くのだろう?
今こうして生きている私にとって意味のあることなんだろうか?
身体の問題に対して内省的な方向に向かわせ、潜在意識や感情に集約させることに戸惑いを感じた。
誰だって掘り起こせば、そういう感情があるはず。
むしろそのような感情に触れることなく、ポジティブな感情のまま人生を送ってこられた人など存在するのだろうか。
しかし、一番触れたくないところにいきなり斬り込まれたのは確かで、だからこそ戸惑いもしたのは事実だと思った。

ファシリテーターは、筋反射で得られたことに対して特に示唆的なことを言うわけでもなく、セッションは進んでいった。
ここ10年の間に、その感情がネックになった出来事が3つ出てきた。
いづれも、私にとって大切で必要なことなら繋がっていくはずと、私自身が選択をしないで、何ものかに先を委ねて通り過ぎてしまった出来事。
回復の機会は3回あったのに、みすみす逃してしまった出来事だという。

セッションでは、何年前の出来事かと、クールに数字で聞いていく。
筋反射で何年前という答えが出ると、不思議なことに、私の頭の中には、瞬時に該当すると思われる出来事が浮かび上がってくる。
間髪入れずにだ。
それらの出来事は、何かエポックメイキング的な出来事になり得たはずだと、自分でも薄々気づいていたのだろうか…

終わった時にはグッタリしていた。
セッション始まりの衝撃が大きく後半のことはあまりよく憶えていないが、立ち入ったことのないところに立ち入ってしまった…という気持ちが疲労感を募らせた。
見据えたい気持ちもあれば、その必要はあるのだろうかという気持ちも頭の一角に居座っている。

家に戻り、その日のセッションを振り返った。
噴き出しそうでいて留まろうとする何かが、喉元で足踏みしている。
私が知る限りでの父の歴史をぼんやり振り返った時、とどめていたものが一気に決壊した。
そして、今まで経験したことのない程激しい嗚咽が突き上げてきた。
これは私の感情なのだろうか?
父から手渡された感情なのだろうか?それとも私の想像なのだろうか?

ここで、私の出産2時間前までの父の歴史を綴るのは唐突すぎる。
本筋から外れない程度に補足すると、私から見た父は一言で言うと、家庭的ではない人。
夜早い時間に家に戻ることはなかったし、父の帰りを心待ちにした記憶はあまりない。むしろ居ない時の方が気詰まりを感じないでいられた。
かと言って、厳しく躾られたとか、愛された記憶がないとか、ほめられた記憶がないとか、そういうことでもない。
私にとっての家は、なにか重くて、単純に楽しいと言える場所ではなくて、そう感じる背景には、いつも家庭的ではない父がいた。

父は、十一人兄弟の下から二番目で、訳あって、両親のもとで暮らした期間はわずかで、兄夫婦や姉夫婦の下を転々とし、最終的には、一番上の姉夫婦の養子になった。
終戦後、養母とともに親戚の家に身を寄せ、養父の復員を待ったという。
旧制中学を卒業する時には、美術学校に進みたいという夢があったが、家の事情で叶わず、復員した養父の仕事を手伝ったり、地元で働いたという。
やがて、周囲の勧めで、養父の遠縁にあたる母と結婚するが、ちょうど、産休の代用教員として地元の小学校で働き始め、それを期に教員免許に必要な単位を取るべく通信教育で学んだと聞いた。

後日談になるが、数年前、古い書棚を整理した時に、その時のレポートが何冊も出てきた。
万年筆で書かれた几帳面な文字。糸で閉じられた紙は黄ばみ、ところどころ虫が喰っていた。
レトロな作りに驚き日付を見ると、私が誕生してまもない頃だった。
この頃、父は家族を養うという現実を必死で生きていたんだと思うと、切ない気持ちになった。

母づてに聞いた父の身の上の記憶を手繰り寄せると、父の感情の一端がわかる気がした。
親元で暮らせない寂しさ、夢に向かうことのできない無念さ、生活のために選んだ仕事。
私の出産に際して、父は何を思ったのだろう。
手放しで喜べたのかな。
そんな思いが頭の中を駆けめぐり、一気に決壊したのだった。

しかし、冷静な私もまた存在し、二つの大切なことに注目した。
一つは、泣いている時は声は詰まらないということ。
泣くという行為は、一種の浄化であり、そういう意味でも感情の解放は有効なのかなと思った。
が、同時に、嗚咽することによって『喉頭』という場所の位置が変化することに気づいたとき、また別の仮説が、私の頭に浮かんだ。
感情がほとばしるという場面で、無粋この上ないが、嗚咽することによって私の喉頭の位置はいつもよりずっと上に位置していた。だから楽に声が出るんだと気づいた。
調子を崩してからずっと使えていなかった位置だ。
涙と鼻水まみれの中で、私は、喉仏の下に人差し指を当て、上へ持ち上げるようにして声を出すと楽に出るということを発見した。
このことは、ずっと後に、外喉頭筋(喉頭を外側で引き上げたり引き下げたりする筋肉)の緊張のバランスを見てもらった時、肩甲舌骨筋が硬いと言われたことにも合致する。
この筋肉は、喉頭を下に下げる働きをする。その状態で固定されがちなので、嗚咽したり、指で上へ上げた時に、声が出しやすくなったのだ。

涙と鼻水まみれで、私は悟った。
感情の決壊は、普段使えていない身体の場所を使うから効果があるのだ。