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20、患者さんの気持ち

今、甲状腺腫の手術のあと二年半経って、思うように声が出なくなり治療に来ている患者さんがいらっしゃる。
そのうち元通りになると信じて待っていたが、はっと気づけば、声はしわがれ、呂律もまわらず、時々むせたりもするという。
あわてて手術した病院のリハビリを訪ねたが、ここはもっと高度な発声障害、音声障害の患者さんのためのリハビリ施設で、あなたは十分に話せていると言われたという。
しかしご本人の記憶の中の自分は、もっと普通に喋れていた。

たった二年半前のことだ。
それまでの何気ない会話、夫婦間で交わす言葉、街中で発する一言が、とてつもなく遠くへ行ってしまったと感じたという。

毎朝目覚めた瞬間、あ、そうだった。私は思うように喋れなかったんだ。と現実に引き戻されどんよりした気持ちになるという。
そのことに気付く前は、声のことなどすっかり忘れていたのに。

話したほうがいいと理屈ではわかっているのだが、声を発した途端、不自由な自分の声と現実に愕然とする。
世の中には、もっと大変な人がたくさんいる。それもわかっている。
でも自分が比べてしまうのは、元気な頃の自分だという。

なるべく、短い受け答えで済むように考えて言葉を発し、電話も、お友達とのおしゃべりも遠のいた。
喋らないでいれば、何の問題もない自分、平和な自分でいられる。

確かに呂律が回らない喋りは、初めて耳にする人には、何か事情があるのかなと感じはするが、話す内容は十分わかるし伝わる。
『聞き返されることもあるとは思うが、むしろどんどん話すことがトレーニングにもなるし、自分の気持ちも鍛えられていくのでは』
初診では、そんなことを伝えたが、治療の回を重ねるごとに、ポツリポツリと患者さんが語る心の内が、私自身が認められなかった自分の過去と重なった。
理屈ではわかっていても、受け入れて取り組むにはその人にとって必要な時間があるのだ。

やはりこのままではいけない。
そう思って治療室のドアを叩いてくれたのが最初のステップだ。
治療室で本音を語り、できない自分に向き合い、少しコツがつかめて、訓練の理屈がわかり、続けていくことが苦じゃなくなり、そして、気づくとご主人と口喧嘩していたり、散歩途中の挨拶が会話になり、外出が楽しくなっていた。
そんなプロセスをつないでいければいいのではないかと。
また、私は20年という歳月を費やしてしまったが、同じような患者さんが、治療に長い時間を費やすことなく元気になることに少しでも役立つなら嬉しい。

患者さんの個性も様々だ。
私のように、外堀から遠巻きに本丸に迫る方や、始めから戦う気満々の方も。
治療内容も、西洋医学一辺倒の方もいらっしゃれば、代替医療の方を好む方もいらっしゃる。
またスピリチュアル系に傾倒する方もいらっしゃる。

次回は、クラニオ以降、私が体験したエクササイズやボディワークについて、また私が出会った患者さんの体験で、シェアしたいと思うことを紹介していきたいと思う。