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午後の治療室で、私は一人の患者を待っていた。
友人が音声訓練を担当している京都ボイスセンターからの紹介で、高度のけいれん性発声障害で、2度の手術を受けた患者がもうすぐ到着するはずだ。

私は、東京メトロ日比谷線小伝馬町からほど近い雑居ビルの一室で、治療室を開設している。
鍼灸をベースに幾つかの手技療法も取り入れ、様々な訴えの患者を診ている。
訪れてくれる患者の中に、声に関するトラブルを抱える方が比較的多いのは、私自身が局のアナウンサー出身で、長く音声表現の仕事に携わってきた経歴を持つからかもしれない。

『すぃません…入り口がゎからなくて…』
程なく大柄な男性が、ドアを開け入ってきた。
嗄声でけいれん性発声障害特有の詰まった音に素早く私の耳が反応した。

右足の動きがぎこちなく、杖をついている。
聞けば、数ヶ月前にバイク事故で右大腿骨を骨折し、手術で埋めこんだチタンのボルトがまだ入っているという。
そんな話題から、現在の体調、発症から手術までの経緯、術後の状態を聴く。
今抱えている問題に加えて、過去の病歴、大きなケガや火傷のあとがないか、血縁者の病歴などを聴いた。
続いて施療の説明をする。
発声障害の治療だが、時に喉頭以外の部位にもアプローチする必要性があることを伝える。

けいれん性発声障害は、筋肉が不随意に収縮するジストニアという脳と神経の病気であると言われている。
声を発する時に、声帯が本人の意思に反して必要以上に強く閉じて音が詰まる。
実際に苦しそうに発声する。
内転性のけいれん性発声障害の特徴だ。
逆に声帯が閉まりにくいという外転性のけいれん性発声障害もあるが、内転性の患者が圧倒的に多いという。
症状がひどい患者になると、会話さえ困難になり、コミュニケーションが取れず、仕事や学業に支障をきたしたり、ひきこもりになったりということもあり、社会的にも問題になりつつある。

現在のところ、西洋医学では2つの治療法が主流だ。

一つは、ボトックス注射。
声帯筋にボツリヌス菌を注射し、声帯をきつく収縮させないように一時的に麻痺させるものだ。

もう一つは、甲状軟骨形成術Ⅱ型という手術。
京都大学名誉教授の一色信彦医師が編み出した術式で、声帯を容れる甲状軟骨(喉仏)に正中からメスを入れ、声帯がきつく閉じないように甲状軟骨をわずかに左右にひろげた状態で固定する。
声を出しながら手術が行えるので、どのぐらい開けたら声が出しやすいかが正確にわかり、また声帯にメスを入れることはしないので、声自体の変質はないという 。


二つともかなりの症例数がありエビデンスも明確に出ている。
多くの患者に同じ療法を繰り返し行っても、良好な結果が得られる。
つまり再現性と汎用性があることが、有効な治療法として認められていく。

一方、補助的な療法としては、音声訓練や各種の代替医療があるが、施療者によって考え方やアプローチの仕方が様々で、西洋医学の治療法に比べ統一性やガイドラインというものがない。
従って個々の治療法に対する再現性や汎用性を比べ評価するのは難しい。

患者は、術後良好な状態が続いていたが、しばらくしてまた詰まりが出てきたので、音声訓練で様子をみたいとのこと。

問診を終えて治療に入った。
AKの筋力テストで、筋力のバランスをみる。
横隔膜と左腸腰筋にわずかな筋力低下がみられ、腹筋が緊張している。
お腹のこわばりは本人も自覚があり、いつも力が入っている感じだという。

左の肩甲骨内縁と左首に圧痛と硬結。
数年前のバイク事故でケガをして以来恒常的に痛みがあり、痛みがひどい時は喉の締まりもきついと感じるという。
右足の内踝(うちくるぶし)下方にもケガの跡があり、問診で聞いた以外にも事故でケガをしており、比較的大きいものがこれまでに3回あるという。

喉頭は、舌骨と甲状軟骨の隙間が狭く、上方に固定されていていて特に下方への動きが少ない。
喉頭を下方へ下げて低い声を出そうとしても固定されてあまり下がらず、すぐに嗄声になる。
甲状軟骨の左右の動きも硬く、特に左に寄せる時にゴリゴリ音がする。
頭蓋骨の動きは、わずかに左右のねじれを感じた。

治療は、筋力のバランスを取り、腹部の緊張をとったところで左肩甲骨と首の圧痛の変化を確認し、
鎖骨下の胸郭と舌骨、甲状軟骨をリリースして、頭蓋骨の動きを確認して終えた。
本治法(その患者のバランスの崩れているところにアプローチする治療)と
標治法(症状が出ている特定部位にアプローチする治療法)の両方を行うのが私の治療の仕方だ。

治療に入る前にテストしたかったことがあったが、躊躇してやめたことを思いだす。
iPadに収まっている『おやゆび姫』の冒頭部分。
音声評価に使うその文章を読んでもらうことを、私はためらった。

音読という作業が、さらに心の傷口をえぐると感じた。
私の中に、ヒリヒリした胸の痛みと共に記憶の断片がチラチラと顔を覗かす。
会話での音声評価だけで充分としようと思ったのは、むしろ自分の中に巣食う恐怖心によるものではないかと思った。
なぜなら、私もまた発声障害の呪縛から逃れられない患者の一人であったからだ。